インターネットに関する、とても個人的で感情的で非論理的な見解。


ぼくがブログを書き始めたころ、インターネットは現実から隠れて自由になれる場所だった。



目の前の現実では、ぼくはいつも自分のことをごまかしていた。
ぼくの現実にはいつも評価があった。
得意先の要望に応えるべく努力しているか、会社の収益を上げるための工夫をしているか、家庭の一員として役割を果たしているか、まともな人間として世の中の役に立とうしているか、そして他にはない自分だけの生き方をできているか。
ぼくはそういうことに何度かまともにぶつかってみた結果、まったくうまくいかなくて、物事に本気で取り組むのを恐れるようになった。
本気でやらないから力もつかないし、力がないのがわかるから勝負事を避けるようになった。
そうやってどんどん自分で自分を窮地に追いやっていることがわかっていたので、そのこと自体がダメージとなって蓄積し、身動きが取れなくなっていた。

はてなブログで文章を書いているあいだ、ぼくはそういった束縛から自由になれた。
ぼくのことを知っている人はほとんどいなかったので、稚拙と思われようが、つまらないと思われようが、正体不明の書き手の一人として自分の考えをのびのびと書くことができた。
その文章を読んだ人からは現実以上に辛辣な批判を受けたり、バカにされたり、無視されたりしたし、それなりに傷ついたし腹も立ったが、それも楽しかった。
今までぼくがコピーライターとして書いていた文章はいつも「目的と合致しているかどうか」という視点で評価されてきた。
いつも文章は目的のための手段でしかなかった。
ぼくという存在も、企業のマーケティングのための手段でしかなかった。
それに比べたら、ぼくが自分なりの意見を書き、それに対してこいつの書いていることには同意できないと言われるのは新鮮な経験だった。
少なくとも誰もぼくの書いたことを、マーケティング課題に対する解決手段としてふさわしいかどうかという視点で批評したりはしなかった。

ぼくは、はてなブログでのびのびと文章を書き、いくつもの新鮮な経験をし、たくさんの面白い人たちと出会い、変わることができたと思う。
インターネットの中を漂って、色んな対話を続けていくあいだに、視野が大きく広がった。
自分の力のなさや不完全さを認め、その上でできることをやっていこうと思えるようになった。
勝手に「現実への反撃」と称して何度も現実生活の中で自分なりの挑戦をして、そのたびに失敗しながら、それでも小さな自信を少しずつ増やしていくことができた。
インターネットのおかげで、ぼくは現実に立ち向かう力を手に入れることができたのだと思う。

今、インターネットはますます多くの人に開かれた場所となり、隠れることは難しくなった。
毎日、たくさんの人々が実名で自分の考えを表明し、それよりももっと多くのイライラしている人々が罵詈雑言をぶつけあい、それよりもさらに多くの人々がその模様を眺めている。
当時のぼくのように、現実に疲れ、どこか違うところで自由に自分の力を試してみたい、と思う人にとって、今のインターネットがそれにふさわしいかどうかはわからない。
そもそも、インターネットとはもともとそういう場ではないのかもしれない。
また、自分にとってそうだったからといって、未来永劫同じものをインターネットに求めるのもおかしな話だろう。

ぼくは人生の中の、割と大変だった時期を、インターネットの中に隠れることでなんとか乗り切ることができた。
ただそれだけのことなのだろう。

だから、インターネットとは何か、ということについて偉そうなことは書けない。
その代わり、はてなブログを書き始めた頃の、新しい遊び場を見つけた子どものようなワクワクした気持ちはいくらでも思い出せるし、そこで起きた出来事(そのほぼ全てが他の人にとってはまったくもってどうでもいいこと)についてなら、いくらでも話すことができるだろう。

でも、今はそういう昔話をするタイミングではない気がしている。
ぼくは、はてなブログとインターネットのおかげで、自分の現実に戻ってくることができた。
今のぼくにとって大切なことは目の前のことから隠れることではなく、それを受け入れて、自分ができることをやっていくことだ。
別にすごいことでもなんでもない。
毎日の家事、仕事、そして時々ぼんやりすることを、自分の全部を使ってやっていきたい。

まあ今はそうやって意気込んでいるけれども、そのうち、どこかでまた壁にぶつかる日が来るだろう。
それは思っているよりもすぐかもしれないし、だいぶ先のことかもしれない。
まったくわからない。
わからないけれども、そんな時、インターネットはあの頃と同じようにぼくを優しく迎えてくれるだろうか。
誰もが平等にボロクソに扱われる修羅の世界、その中であがいている一人の書き手として扱ってもらえるだろうか。
そうだといいなあ、とぼくはとても自分勝手に思っている。
インターネットがそんな場所であり続けてくれていたら、ぼくは安心して、この平凡な人生を全力で生きることができる。
そう、とても自分勝手に思っている。


はてな20周年、おめでとうございます。
これからもインターネットが、豊かな世界でありますように。

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はてなインターネット文学賞「わたしとインターネット」