生温かい世界は好きですか?



慶次郎縁側日記』という小説がある。

高橋英樹さんが主演でテレビ化もされたので、
ご存知の方もいらっしゃると思う。


主人公の森口慶次郎は江戸の同心(いまの刑事みたいなもの)で、
とある事件をきっかけに引退を決めて隠居生活を始めるんだけど、
お節介な性分が治らず、色んな出来事に首を突っ込んでいく、
という、まあそんなに変わった設定ではない。

おまけに主役は孫の顔を見るのが何よりの喜びというおっさんで、
しかも相棒は飯炊きのじいさん。
時代劇のくせに幕府の陰謀も秘剣の使い手も、出てこない。



なのに、このシリーズ小説をずっと読んでいた。



そこには江戸の町というバーチャルワールドを借りた人間の心の営みがあって、
そこで発生する怒りも悲しみも苦しみも、
なんだか生温かい目で見守られている。

それは、はじめは慶次郎の目線なのかと思うけど、
結局は作者のそれなんだと気づく。


僕はその生温かい感じが気に入ってて、ずっと読んでいた。


この小説には、第一線を退いた人間が尊厳を保ちながら年を取るための工夫や、
人間というややこしい存在を、善悪で成敗
するのではなく、
まるごと抱きしめることの大切さなど、
色んなヒントがちりばめられている。



ただ、子供ができたあたりから読まなくなった。

自分のために使える時間が減ったので、シリーズものを読むよりも、読んだことのない本を優先するようになったからだと思う。



それで今日、僕は仕事のアイデアを考えていて、ふと、そういえば最近、慶次郎の話を読んでないなと思った。

かなり間が空いてるから、だいぶ先に進んでしまってるかもしれない。


久しぶりに読もうかなと検索して、作者が
今年の3月に亡くなっていることを知った。

75歳だったそうだ。

なんだか、申し訳ないような気持ちになった。

だけどそういう怠け者の読者も例の生温かい目で見つめられているんだろう。


僕はブログではあまり小説についての話をする気はなかったんだけど、
そんなわけで、今日は書き留めておきたい。


北原亞以子さん、ありがとうございました。


傷―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)

傷―慶次郎縁側日記 (新潮文庫)