聞くこと、読むこと、待つこと。






先日、経営者の友人と昼食をしながら、いま本当に景気が良くなっているのか、という話をした。

この手の話に関しては、僕の観測範囲はすごく狭い上に、
広告なんてのは良い話がやってくるのは遅くて、
悪い話だけが猛スピードで駆け寄ってくる商売なので、
まだ何にも景気が良い感じはしないし、
動きがあるとしてもかなり後のことじゃないかなと、正直に言った。

経済に詳しい彼にこんな話をしたらバカにされるかなと思ったら、
友人は真顔でうなずいて、まあそうだろうなと言った。

一時的に株価が上昇したり円安になったりしても、国内の景気にすぐに効果はないだろうし、
決して実体をともなっているわけではないから、それぐらいのつもりでいたほうがいいと思う、とも言っていた。



それから、今後、大きな価値を持つようになる概念ってなんだろうという話になって、
たぶんそれは時間だろうという結論になった。

電車に乗ると猫も杓子もスマートフォンでゲームをしている。
多くの人はそれを無料で遊んでいて、課金されている人はそれほどいない。

しかし実はスマホのゲームを無料でやっている人は「得をしている」のかというと、そうではない。
彼らは一日に少しずつではあるけど、蓄積すれば膨大な量の時間を消費している。

それだけではない。

今、日本人が保有している時間のかなりの量が「無料のサービス」に使われている。
もちろんそのうちの一部の人がお金を支払うサービスを利用することで、それぞれの事業はマネタイズしているけど、
それ以外の「お金にならなかった」時間はすべて何も生み出さすことなく失われているのだ。

しかし、その「お金にならなかった」時間をただ無為に失わせていくのはもったいない。

例えば、スマホでひたすらボタンをタップするアクションを、何らかの入力作業に変換することで
別の価値に転換することもできるだろう。

また、そうやって別の価値に転換している量が多い人に対しては、
それ相応の報酬を与えることもできるかもしれない。

おまけに、その入力作業によって世の中の課題が少し解決できるような仕組みができれば
それはお金なり報酬といったものを超えた、大きな価値のある行為となるだろう。

さらなるテクノロジーの進化によって、
時間というものはお金に変換することもできるし、
それ以上の価値に変換することができるようになる。

ここで初めて、時間というものがお金よりもずっと貴重なものだという
古来から格言や警句として伝えられ続けてきたことが
やっと、ちゃんと認識されるようになるだろう。

そんな話をした。



さて、時間の価値が今よりも大きくなると、具体的には何が重要になるのか。

それがタイトルに書いたような要素だと思う。


話すことよりも、聞くこと。

書くことよりも、読むこと。

急ぐことよりも、待つこと。


これらは「相手に自分の時間を預ける、ゆだねる」という行為である。

現在では、こういった行為は非常に受動的で、消極的な意味合いすら持たれているかもしれないが、
時間が大きな価値も持つ世界においては、非常に大切なものとなるだろう。

僕らは自分が意見をしっかりと話すことができたかどうかよりも、
貴重な時間を費やして自分の話を聞いてもらえたことに感謝をすることになるだろう。

魅力的な文章をたっぷりと書くことができたかどうかよりも、
じっくりと時間をかけてその文章を読んでもらえたことに喜ぶようになるだろう。

そして、どれだけ急いで素晴らしい成果を出せたかどうかよりも、
小さな種が芽を出して、熟した果実をつけることを、気長に待ってもらえたことを忘れないだろう。

誰もに同じ量だけしか与えられていない貴重な時間を、自分のために使ってくれる、とても大切な人。


それは何を隠そう、いま僕のブログを読んでくれている、あなたのことなのである。