読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

武器を捨てよ、ブログを書こう。



id:exodus_nowさんの

誤配されてくる「ことばの力」は信じることができるときもあるかな、って - 運動する。書く。呼吸する。

を読んだ。


かつての朝日新聞さんのコピーの中の「言葉の力を信じている」という主張に対して、別の方の「言葉の力を信じない」というエントリがあって、さらに、それについてエクソダス氏の思うことが書かれている。

この手の議論については「言葉とは誤解を生んだり、人を傷つけたりするものだから、受け手のことや周囲への影響を考えて、慎重に使わなければいけない」という同じことを各々が別の言い方でグルグル回しているだけのように思っていたけど、このエントリには不思議な明るさがあって、なんだかスッキリさせられた。

ぼくがはてなスターで引用しているときって、ぼく自身が背中を押されてたり、書いた人の背中を押してみたいと思ったときだったり、寄り添いたいなと思ったり、この考え広がったらいいねとか、順番を入れ替えると別な何かが考えられるかもとか、このプログラムすげーのときもあるし、混乱しているときにはその中にあるポジティブなメッセージをひねり出して見たくなったり(自分勝手でごめんなさい)とかだったりします。まぁ、ただそのことばが好きだな、って時もあるけど。おっとっと。もちろん下心もあります(てへ)。

 それがどのように伝わってしまうかは分からないけど、そこで引用した言葉がブログを書いた人からも、引用した人(ぼく)からも離れただそこにあることばとして読むことができたらいいな、と思っています。

 発言したり引用した人から離れた場所から、読んだ人へ誤配されることばになってほしいな、って。


氏の言葉に対する態度はすごく明るくて、それが独り歩きしたとしても、それはそれで面白がったらいいじゃない、というものだ。

受け手に関する問題は、昔はそれを正しく読み込むことができるかどうかというリテラシーの問題としてよく議論されていたと思う。


しかし、これだけ大規模に誤読と誤配が生産されるようになると、そもそも「正しさ」なんていうものはなく、実はそれぞれが色んな人の言の葉をつむいで自分の思考が育つゆりかごを作っている、という状況が見えてきたと思う。

これはすごく素敵なことで、誰が正しくて誰が間違っているとか、誰は良いこと言ってて誰はつまらないことしか言わないとか、そういう視点から脱出できる可能性を秘めているからだ。

エクソダス氏のエントリにはそういう希望が持てる明るさがあった。



かく言う僕も、昨日は池田さん(id:bulldra)のエントリの内容を完全に理解せずにいい加減なブコメを残してしまった。

もう一度よく読んだら、そういう話じゃなくて、武器を使わないという個人の勝ち方に従うもよし、そうじゃなくてもよし、それぞれの満足できる方法があっていいんじゃない、という話だった。

これをきっかけに、僕がこのエントリを誤読した理由を考えてみると、たぶん「武器を使わない」という言葉にひどくひきつけられたからだと思う。

いや、むしろ、動揺した。

動揺したまま残りの文章を誤読し、その気持ちをブコメの短いセンテンスに収めようとしたら、急に考えが別の方向に動き出して、当のコメントになってしまった。

どうやら、自分がその場で受け止めきれない内容に出会うと、僕の心はそういう動きをするようだ。

いま、落ち着いて感想を書くなら、こういうことだ。


僕は主に言葉を使ってお金をもらう仕事をしている。

だからこそ、このブログを書く時は、普段の仕事でやっているような、無理やり人の関心を集める技術という「武器」はできる限り排除したいと思っている。

理由は色々あるけれど、僕はブログの中では「何も持っていない、しかし、かけがえのない自分」を確認しておきたいから、という気持ちが大きい。

だからこそ、色んな人に読んでもらえるのは本当にうれしいし、それが僕の「勝ち方」なのである。

もちろん、それは比喩としての勝ち負けであり、平たく言ってしまうとこだわりとかなんだろうけど、重く考えれば生き方や死に方そのものでもある。

ブログだけでなく、自分の死生観につながっている。

その軽さと重さの間で、僕は動揺してしまったのだろう。

池田さんのエントリを読むとこういう「自分の足場の頼りなさ」に気づかされることが多いので油断がならないのである。



さて、こうなると、やっぱり言葉には限界があるんじゃないか、チカラなんて信じないほうがいいんじゃないか、そう思われてしまいそうだが、それでは言葉に失礼であろう。

誤読、誤配は大前提、と言っても、その上でちゃんと読みこもうとする態度は必要だし、そもそもブログのコメント欄やブコメくらいのスペースでは、余裕を持った思考は進まないだろう。

そういう意味で、やっぱりブログの感想を書くにはブログが一番ですよ、としっかり宣伝をしておくことで、新たな誤配に寄与したいと思う。

感想をブログで書いてもらえると喜ぶグループ - はてなブログ グループ