読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

小さい一歩は、偉大な一歩。








ちょっと困った人がいる。

すぐに物事をネガティブにとらえる。
新しい仕事の話があっても、それがうまくいかなかった場合の
リスクについて、いつまでもウジウジと言い続ける。

そしてさんざん文句を言った挙句、仕事の依頼主が
あ、だったらもういいです・・・と言おうとすると
「いや、やらないとは言ってないよ!」と引き止める。

そうですか、じゃあ詳しい内容を話しますね・・・と説明しはじめると
また細かく注文をつけたり、愚痴を言い始める。

じゃあ臆病なのかというと、そうでもなく
急に上司に対して大声で文句を言い出し、
周りを気にした上司が別室で話を聞こうと誘うと
そのまま1時間くらい出てこない。
そのあいだ上司はずっと愚痴を聞かされていて、
デスクに戻った時はグッタリしている。
どれだけ長く話を聞いても、愚痴しかなく、
具体的に何をどう改善してほしいのかが出てこないからだ。

おまけに、わかりやすく計算高い。
売上がかなり見込めそうな仕事だと思うと
文句を言いながらも絶対に放そうとしないし
会社の中で誰が評価されているかとか、
何をしたら出世しそうかとか、すごく敏感だ。

だけど、そういう態度がわかりやすすぎるし
面倒くさい人という印象が強すぎて、普段の人望は全くない。
そして、その自覚がさらに本人を苛立たせる。



この人がこうなってしまった原因は、本人にはないと思う。


ここからは僕の想像でしかないので、正確さを欠くが、
たぶん、これまでの「大量●●」とか「大衆●●」を
ベースにした仕事の場合は「ちょっと困った人」がいても差し支えなかった。
やることはたくさんあったし、少しくらいややこしい人がいても
「あんな人にはなりたくないな」という負のベンチマーキングとして
ちゃんと役割を果たしていたんだと思う。


しかし、情報革命によって環境が変化して、
1つのビジネスモデルでたくさんの人を養っていけなくなってくると
大勢で寄ってたかってこなすルーティーン作業が減っていく。

そして、2~3人を食べさせるのがやっと、
という「小商い」な仕事がどんどん増えていく。

2~3人だけで構成されている会社やチームの場合は
1人が欠けてしまうと、機能不全に陥る可能性がある。

だから、お互いに責任を持って作業に当たらざるをえないし
愚痴を言っている余裕もない。
文句があるならその場で言って解決するか
黙って我慢するかしか、選択肢がないのである。



僕が言う「ちょっと困った人」は
こういった変化にまだ対応したくない人であり
それは、僕にだって、あてはまる部分も多い。

だけど、それでも、僕らは変わったほうがいいと思う。

「大儲け」することをあきらめ、
「大勝ち」できる可能性をあきらめ、
「大人気」になるのをあきらめて、
小さくても新しいことや、少なくても大切なことや
わずかでも楽しいことを、探していく。

たぶん色んな失敗とかピンチとかもあるし、
ちっぽけな自分がみじめになることもあるだろうけど
「昔、賢い仕組みを考えてくれた誰か」の恩恵に預かって
ぬくぬくしていたら一生知ることのできない喜びが
たくさん待っていると思う。

そして、その勇気を持つのに
年齢なんか、関係ないんじゃないだろうか。

むしろ、これから生まれてくる人々がより幸せな未来を築けるように
地盤を踏み固めていくのは、先に生きている者の役割じゃないだろうか。



まあ、それでも変われない、自分の中の何かだけは
ブログに書き残していけばいい。

今度、あの人に、ブログを書くことをすすめてみようかな。