人事異動を言い渡された、あなたへ。



そろそろ人事異動の季節がやってくる。



異動を言い渡された若い人からこんな言葉を聞くことがある。

「なんで、できる人間のほうが損をしないといけないんですか」

自分は今の部署でちゃんと能力を発揮していて、もっと発揮できていない人たちがたくさんいるのに、なぜ自分だけが異動させられるのか、まったく理解できない、という主旨である。

これはぼく自身も若い頃に何度も経験させられたからよくわかる(ぼくはできる人間ではなかったけれども)。

ずっと憧れていて何年もかけてやっと手に入れたコピーライターという職から別の部署へと異動させられた時も、コピーを書くだけでなく色んな知見を持っているからこそ君に行ってきてほしい、と言われたのだが、だったらコピーしか書けない人間のほうが得じゃないか、できない人間のほうが得するなんて、なんて理不尽なんだ、と激しく憤った。

そのときに異動を言い渡してきた上司とは、それから一言も口を聞いていない。

そういう気持ちがわかるからこそ、自分の異動を理不尽に思う人に伝えたい。


あなたが異動することに、深い理由はない。


もちろん、運よくあなたの上司があなたのことを深く深く思いやってくれていて、あなたの成長のためには次はこの部署だと考えつくした結果、そこに異動する場合もあるかもしれないが、だとすれば、それとは正反対に、あなたの上司はあなたのことを大嫌いで、絶対に成功などさせてたまるかと考えて、僻地へと追いやろうとする場合だってあるかもしれない。

だが、ほとんどの場合は、そのどちらでもなくて、若いあなたの異動というのは駒の移動でしかなく、たまたまそれがあなただっただけ、そこに何か深い意味が込められているわけではないのだ。

若い頃は、自分自身への関心が強い(まあそれはぼくのようなおっさんでもそうだけど)ので、これは会社からのどういうメッセージなのだろうと考え、苦しみ、悩み、怒りとなって、ひどい場合は目の前の仕事への無関心につながったりする。

しかし、会社は、あなたがそんな風に悩んでいることなんて、実はまったく知らなかったりする。


あなたが取るべき態度は二つある。


一つは、あなたの悩みを正面から上司にぶつけ、思いの丈を伝えることだ。

おそらく上司はしっかりとあなたの話を聞いてくれるだろうし、上司なりの考えを伝えてくれるだろう、だがまあ決定は覆らないし、あなたも上司の話に完全に納得することはないだろう。

それでも、自分の中だけで勝手に上司の考えていることを想像し、あいつはイヤなやつだとか、オレを陥れようとしているとか、一生呪ってやるとか、そういう気持ちを持ち続けることは避けられるだろう(もし本当にイヤなやつだった場合でも、それがわかっただけマシだし、本当にヤバい会社だとわかったのならさっさと出ていくことをおすすめする)。

もう一つは、もっと難しいが、試してみる価値はある。

それは、異動先の仕事にとりあえず真剣に取り組んでみることだ。

そこで、あなたはとても大切なことに気づくだろう。

なんだ、仕事なんて、どこでもたいして変わらないじゃないか。

それがすべてである。

ぼくらサラリーマンの仕事なんてのは、とんでもなく専門性が高かったり、とんでもなく超人的な能力を必要としたりするような仕事なんて存在しないのだ。

いや、サラリーマン以外にも色々とすごい人たちを見てきたぼくが補足をするなら、とんでもなく専門性が高いように見える人でも、みんなやっていることはたいしたことはない。

ただ、気持ち悪いくらい同じことをやり続けることができたり、気持ち悪いくらいすごいスピードでしかも同時に複数のことを取り組み続けることができたりするだけなのだ。

今、あなたの頭の中は大きく広がった。

「自分はこの仕事しかできないから・・」などと言って仕事を囲い込んでいる連中のことなんて、もうどうでもいいはずだ。

あなたは自由だ。

異動を受け入れて、そのまま楽しく仕事していてもいい、どうせまたそのうち異動になって、またその先で新しい仕事を楽しんでいく、それもいい。

あるいはやっぱり自分のやりたいことがあるなら転職したっていいし、昼間は仕事をしながら、夜や休日は別の勉強をしたり、新しい経験を積んで、もっと別の場所を見つけるのもいい。

繰り返すが、あなたは、自由だ。

あなたの素晴らしい、この世界にひとつしかない人生を、小さな組織の価値観に合わせて小さく押し込める必要なんてない。

この広い世界で、どう生きていくか、それが一番大事だ。

異動なんていう、ただのクラス替え、席替えを、いちいち気にしていたらもったいない。

冒険は、はじまったばかりだ。