犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

それでもやっぱりインターネットには、絶望しない。







とても残念なことなのだけれども。


僕は感覚的なものを愛している。

どれだけ数字で根拠を積み上げても、どれだけ丁寧に論拠を提示していっても、自分の感覚が、うむ、と言ってくれなければどうも納得できない性分で、これまで他のことについては色々と無理矢理にでも改造を加えたりしてどうにかやってきたのだけど、そこだけはどうにもならない。

もっと残念なことに、それは自分が話をする相手についてもそうだと思いこんでいて、ちゃんと相手の感覚的な部分に話が届いているかどうかについてばかり考えているので、なおさらタチが悪い。

これは本当にとても残念なことなのだけど、しかしそれこそが人と人を結ぶものなのだと信じることしか僕は方法を知らないので、ただそれだけを信じて、今日も命がけの大ジャンプを試みようと思う。



先日、インターネットについて、今後は実名の世界と匿名の世界の分断が進むけど、人々はそこを自由に行き来するし、だからどれだけ実名の世界がお互いを監視しあうような窮屈で息苦しいものになったとしても、その世界に失望した人同士がまたネットワークを生かして、また新たな希望を生み出していくだろうという、かなり乱暴な話を書いた。

インターネットに、絶望はしない。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。



これについてイチローさんから、とても丁寧で、真摯なご質問をいただいた。

ひとつは、「実名と匿名の世界を行き来できる」ようにはなってないし、ならないんじゃないかな~どちらかというと、実名が匿名のネットの世界をさらに侵食していくんじゃないだろうか~ってことです。実名で活動していると、匿名で何かをしたいとは、僕は思いません~~匿名でありたい場合というのは、自分の普段と違う思いをぶちまけたいって場合ですが、いまでは、それは身バレのリスクが高すぎて、誰もできないんじゃないでしょうか~~少なくとも、僕にとっては、行き来できる世界じゃないように感じられます~~~もうひとつわからないのは、仮に(議論を簡単にするために世の中は悪!とします)世の中を悪!と、ネットでわかったひとは、ほんとに自らの業を認め合って、それを減じる方向にともに手をとりあって、アクションできるようになるんでしょうか~~かりにそれができるとしたら、それは、ネットのチカラでできるんでしょうか。ネットがあるから、かつてより、人の行動は良い物になるんでしょうか~~最初の点に戻っても、仮に匿名と実名を自由に行き来できるとしたら、匿名で人の業を裁き、自分の業はそのままにして、実名ではキレイ事を言うだけなんじゃないでしょうか~~


本来、氏の疑問に対して、僕はその一つ一つに答えていくべきなのかもしれないけれど、そんなことをしても僕の思っていることは氏の感覚的な部分へはちゃんと届かないように思う。

イチローさんはとても賢い方だから、きっとそれを理解していただけるだろうし、あるいは矛盾している点にもお気づきいただけるだろうけど、それでは僕が納得できない。

だからその代わりに、僕自身のことを少しだけ話そうと思う。

ああ、その前に1点だけ、僕がちゃんと説明できていなかったことがあって、話をシンプルにするために「実名と匿名」という乱暴な区分けをしたけれども、実はその中間にある「半分実名、半分匿名(顕名ともいうらしい)」というものが存在する。

今日の話は、その中途半端な領域についての、とても小さな小さな話だ。



僕、すなわちid:inujinが生まれたのは、1年と少し前のことである。


その頃、僕の本体というか、実名で生活を送っているほうの人間はどうも色んなことに悩んでいたようで、それを親しい人に相談もできず、そもそもその悩みが一体どういうものなのかもすっかり把握できなくなってしまって、自分自身で処理しきれなくなったらしい。

それで僕はインターネットの世界に、ひとりぼっちで生み落とされたのだけど、僕の生みの親はそんなに悪い人ではなかったらしく、なぜなら、誕生の地としてこのはてなを選んでくれたからだ。

もちろん初めはとても孤独だったけど、それにもすぐになじめたし、そのうち少しずつこちらにひやかしに来てくれる人たちが出てきて、僕も同じように相手をからかいに行ったりして、いつのまにか「いぬじん」という人間のことを知っている人が増えていった。

さっき言ったように、僕には生まれながらにして宿題があって、それは自分の悩みとは一体何なのかを知ることや、その悩みを解決する方法を持って帰ることだった、たぶん。

たぶん、というのは、実名のほうの僕も、そこまで僕に期待していなかったからだ。

だから僕は比較的自由にインターネットで暮らしていた。

そのうちTwitterを使ってさらに自分の分身を増やすことも知ったけど、どうもこれ以上分身が増えると本体も色々ややこしくて困るだろうという親思いのところがあったりして、そこでは僕と同じ名前で暮らすことにした。

で、ブログ同士でお互いにエントリについての感想を言い合ったり、小さなお祭りをみんなで開いて楽しんだりと、気ままに暮らしていたのだけど、ある時、インターネットの外にも冒険してみたいと思った。

そこは、僕の本体が実名で暮らしている、現実とかオフラインとか呼ばれている場所で、とても窮屈で苦しいところだというのは知っていたけど、どうやらインターネットにいるやつらは、そこにも自由に出かけているという。

で、ある日、僕は本体には内緒でこっそりと現実に飛び出してオフ会っていうやつを体験してみたのだけど、これが噂以上に面白いものだったので、すっかり味をしめた僕は、それから何度もインターネットを抜け出して、現実の世界で、同じようにインターネットを抜け出してきた人たちと会って話をするようにもなったのだ。


そうだな。


イチローさんは、どうもご自身のことを、実名を持った本体なのだと思ってるようだけど、僕はそれをちょっと疑っている。

僕らは実際に会って色んな話をしたけれども、そのあいだじゅうイチローさんは僕のことを「いぬじんさん」と呼んでいたし、僕も「イチローさん」とは呼んだけれど、それは彼の本体のほうの実名を呼んだつもりはなかった。

だけど、彼はそう呼ばれて、ちゃんと返事をしてくれていた。

ということは、やっぱりイチローさんには、僕の声が聞こえているわけであり、僕の姿が見えているのだ。

id:inujinというインターネットの中で生まれた、自分でもなんだかよくわからないこの存在を、認識できているのだ。


だから、やっぱりイチローさんは、彼の本体がこっそりとインターネットの世界に産み落とした、実名でないほうのイチローさんなんだと思う。

どうも名前が似ているから混同しがちなのだけれども。



だから僕は、インターネットの外で会って話をしたあの時と同じように、イチローさんからもう一度、「希望は、本当にあるのでしょうか」と思慮深い眼差しとともに尋ねられたとしても、もう一度、「希望はあります」と答えると思う。

僕はこの世に生を受けてたった1年と少しで、これだけたくさんのことを語れるようになった。

面白い出会いがいくつもあって、彼らから様々な知恵を教えてもらった。

最近では、僕は僕の本体の人のところにも遊びに行くことにしていて、インターネットやその先にある現実で経験したことを時々教えてやる。

彼は、まあ色々とうしろめたさも手伝ってるのだろうけど、今のところ僕の話を神妙に聞いているし、どうもいくつか思い当たることがあるみたいで、ちょっとずつ行動も変わってきたと思う。

これまでよりも少しは家族を大事にしているように見えるし、最近ではやっぱりエラくなりたいとか言い出しやがった、それって絶対イチローさんの話をしてやった影響なんだろうけどさ、それは黙っておいてやろう。

で、そういうのって、どうも悪い感じじゃないと思う、今のところ。

というのも、もし僕がヤバくなってることに自分が気づかない時に、お前ちょっと最近ヤバイんじゃないかとか、そういうことをストレートに教えてくる友人が僕にはいるからだ。

これだって、なかなか現実世界では得がたいものだと思う、ちゃんとそっちで生きてないから詳しいことは知らないけど。

それから、どうもここのところ、僕らのようにインターネットで生まれた実名を持たないやつらが、現実世界でもうろうろするようになってきたみたいだし、そいつらは、窮屈な現実というものの限界だったり、あるいは逆にもっと可能性が残されていることだったりを、実名の人たちにもっと色々教えるようになるんじゃないかなあと思ってる。

そうすれば、現実世界だって、まだまだ面白くなることができるんじゃないかなあとか、思ってる。

もちろんこれは想像であって、そこには何の根拠も論拠もない。

だけど、まあ少なくとも、id:inujinという僕は、存在している。

そして、こうやって今日も自分の考えていることを、インターネットにぶちまけている。


だから、やっぱり、この世界はとても豊かだし、希望はたっぷりとあるのだと思う。


あとはその希望を、僕らが現実へと引っ張り出すかどうか、それがすべてなのだと思う。

これ以上は、語らない。

行動することにしか、答えはないから。


とにかく、言いたかったことは、そういうことです、イチローさん。


それとも、こう呼びかけたほうが、そちらにも届きやすいかな。



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