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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

インターネットに、絶望はしない。




最近、いくつかインターネットの未来についてのややネガティブな観測をしている記事を読んで、ネガティブな皮を被ったポジティブ野郎の僕が思ったこと。


たしかにこの国のインターネットへの参加人口が増えたことで、インターネットにおける言動はものすごいスピードで多くの人の目に触れられるようになったし、その言動をずっと過去にまでさかのぼることで、その人のパーソナリティだけでなく、知られたくないような深層心理までそのうちわかるようになるかもしれない。

人間なんてものは誰だって人に知られたくないことはあるもんだ。

それでも実名で活動できる人というのは、そういうリスクを抱えてでも自分のことを認知してもらいたい訳がある人や、あるいは何らかの理由で「開き直る」ことができる人だろう。

そう考えれば、インターネットでの活動というのは現実生活以上に気を配っていかなければいけない、ずいぶん窮屈なものになりつつあるのかもしれない。


そうするとだ。


これからは、インターネットも二つの世界に分かれていく(あるいはもうなっている)のかもしれない。

一つは実名での活動が中心となり、わずかな失敗が致命的になるような世界。

もう一つは匿名で、自分たちの言いたいとを言う世界。

ここでは忌憚のない議論をしあって充実した時間をを過ごす人たちもいるかもしれないけど、一方で、実名の人間の活動を監視したり糾弾したりする動きもあるだろう。

そして、人々はこの二つの世界を自由に行き来するので、実名の世界の人同士はいつも匿名の世界を通して監視しあっている。


これはひょっとして。


現実の世界と何も変わらないんじゃないか。

いや、むしろ失敗するとそれが一気に拡散して再起しにくいぶんだけ、インターネットの世界のほうが暮らしづらいんじゃないかとすら思える。

そして、そういう面倒ごとに嫌気がさして世の中に悲観的になっていく人たちが増えていくのかもしれない。


そこが大事だ。


この世界をもっと面白くすることができるのは、そうやって一度この世界に失望した人たちなんだと思う。

しょせん人間というものは新天地を発見しても、まずは自分の今いる世界をコピー&ペーストしてしか考えられない生き物だ。

そうやって、同じような過ちを何度も繰り返してきたし、あるいは技術だけがひどく発展したせいでその過ちの被害が格段に大きくなってしまったのが先の戦争だ。

それでも、未来を悲観しすぎる必要はない。

それは、人類が陥りがちなこの思考停止のコピペ運動に対して、失望している人同士がつながることができる余地がインターネットには残されているからだ。

失望している人同士は、ひょっとするとはじめは傷の舐め合いに夢中になるかもしれないけど、それだけが自分たちの傷を本当にふさいでくれるわけではないと、すぐに気づくだろう。


彼らは学んでいる。


何をどうすれば、人の心というものが急速に腐っていくかということや、取り返しのつかないダメージにつながるかということ。

そして、本当に自分たちが大切にしたいことは何だったのかということも、薄々気づいている。

だから、彼らはそのうち、たとえそれがすごくゆっくりしたものだとしても、動きはじめるだろう。

彼らがこれ以上失望を重ねないためにできることを、少しずつ試しはじめるだろう。

その時、進化したネットワークは、自分たちを監視したり拘束したりする恐怖や憎しみの対象から、彼らに力を貸してくれる心強い相棒へと変わっていくだろう。

この世界をより心地よくて、ワクワクできる世界へと、バージョンアップするために。


さて。


何だかだいぶ先のどうでもいい話をしていると思うかもしれないけど、それは間違いだ。



僕は、あなたと僕とのこれからについて、話をしているのである。