犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

脇役は、突然やってくる。





なかなか面白い話になっている。



まずは陸マンボウさんが

あなたはあなたが欲しているものの正体を正しく理解しているだろうか - 陸マンボウのブログ

の中で、こんなことを書いた。

僕の思考というのは、恐らく一般的な、引用した記事で言う「みんな」からはかなり逸脱したものであるのではないかと思っています。それは、普段周りの人に自分の考えていることを話すと、相手が全く僕の言うことを理解してくれていなかったり

(中略)

普段はそれなりに「みんな」と仲良くなりながらも、それらを俯瞰して自由に思考していたい、ということです。だからまあ、実際僕と話すと全然印象が違うと思います。違っていて欲しいなあ。一般人らしく振る舞えていると信じたい。


その感想を山田さんが

マイノリティはマジョリティも知っている - 8bit

で、ボクシングを例えに出して

サウスポーしかしらないサウスポーは本当に少数派でしかないのだが、このオーソドックスを知るサウスポーを目指すのはいいことだと思う。

オーソドックスの事をよく知り、知っているから共存もでき、戦えばサウスポーが有利。戦うといっても暴力ではもちろんなく、なにかで競い合う事。自分の得意分野が有利に働くこともあるかもしれない。

日本人は右へならえが根強いので、そろそろその文化を断ち切って、全員マイノリティになればいいと思うよ!

と書いている。


なんかね、このやりとりは非常にさわやかな風が吹いていて、オバチャン久しぶりに胸がドキドキしてもたわ。

(参考:僕は、オバチャンになりたい。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。



僕は、自分のことをマジョリティともマイノリティとも思っていなくて、そこにはオバチャン的志向性が働いているのも大きいけれど、一つはそれなりの量の本を読んできたことや、それなりの数の人と関わってきたことがあると思う。

その結果、自分と同じように考える人も結構いるんだな、ということにも気づくようになったし、あるいは自分よりも「おかしな」人がいることもよくわかった。

極めつけは、はてなに住んでいる人々であって、自分のそれをはるかに超えた分析力や思考力、そして妄想力の持ち主がたくさんいることを知ると、「オレって普通だよな」と、なぜかホッとする。

だからといって、僕はいわゆるマジョリティな人間なのかといえば、こんな夜中にブログを書いているあたり怪しいものがあるし、あるいはマイノリティでありたいと思っていた自分を未だに引きずっている気もする。


しかし、あえて言うならば、誰もが自分のことを「特別な存在」だと思っているのだし、実際に自分自身というのは「他者全体」というマジョリティに対する「かけがえのない身体」としてのマイノリティなのは間違いない。

だから、「自分という身体は、全てに対するマイノリティである」という厳然たる事実だけは、認めざるをえないところだ。



遠藤周作氏の随筆の中で、氏が自分の奥さんを見ていて、フト天啓のように

「そうか、オレはお前の人生の中では脇役なんだよナ!」

と気づく瞬間があって、僕はこのくだりが大好きである。

夫と妻というのはすでに古来から続く文脈の中で、それぞれのポジションが確定されているように見えるけど、実際は夫には夫の、妻には妻の固有の身体というものがあり、その連続としての個々の人生がある。

夫は夫を演じ、妻は妻を演じる、そういう役割分担が当たり前だと思っていたが、実は違うんだと氏は「フト」気づいたのだろう。


世の中の色んな文脈にとらわれていると、自分も他者もそれぞれ「マイノリティ」であることに気づきにくい。

僕にとってはかけがえのない僕の身体も、他者からすれば電車で居眠りをしている疲れたオヤジという典型的なサラリーマンである。

しかし、そのことを認めるのはなかなか難しかったりする。


まあ幸いなことに、年を取ると、自分が他人の人生にとっては「脇役」だと気づかされる機会が増えるので、そのへんは安心かもしれない。

ついこのあいだも、こんな経験をした。


仕事からの帰り道、長いエスカレーターに乗り、手すりにもたれて疲れた体を休ませていた時だ。

反対側からやってくる2人の女子大生が、周りの男性を指さして、イケてるかイケてないかという遊びをしている。

すると1人がふと僕の方を見て

「あの人は?」

と言うのが聞こえたので、僕はドキドキしながら判定を待っていた。

すると、もう1人の女の子はこちらを一瞥したあと、友達に向き直って、ゲームのルールを確認する審判のような厳格な声で言った。

「おっちゃんやんか!」


僕は、彼女たちの青春の1ページに脇役として登場できたことを、うれしく思いつつ、自分の青春が完全に終わっていることを改めて確認して、心で泣いた。



さて、そろそろ

感想をブログで書いてもらえると喜ぶグループ - はてなブログ グループ

の参加ブログが増えてきて、これまでの経緯とかが読めたらもっと楽しいかもなあ、とか思ったりする。

池田さんと仮名さんのお2人も

脳内居酒屋にて〜情報学の情緒的な私試論βセルフライナーノーツ 2013/09/09〜2013/09/15 - 情報学の情緒的な私試論β

の中で

メンバー同士の言及からリンク図を作成するツールや、まとめサイトがあれば良いんだろうけど

とおっしゃっているように、何か良い方法はないかしら。


僕も以前、

みんなは一体、どこへゆく。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。

の中で、こんなマインドマップを作ってみたんだけど、これは完全な手作業だから続く気がしない。

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まあ、別にこのグループは本来の意味のグループではなく、単なるタグでしかないし、それぞれがマイノリティたる自分のブログを書きながら、どこかでゆるくつながっている程度が心地よいのだろう。


そういう意味でいうと、ブログは脇役も主役も楽しめる、なかなか面白い舞台かもしれないな。