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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

僕は、オバチャンになりたい。






子供の頃は、自分の中に「かっちょいいヒーロー像」というものがあった。

それは思春期の頃もそうだし、大人になってからも「こうゆう大人がかっちょいいのだ」という
ざっくりとしたイメージみたいなものがあって、なんとかそれに近づこうとしては失敗したり、
もっと近いところまで先にたどり着けている同年代の男を見ては嫉妬していた。

というか、世間ではオッサンと呼ばれる歳になった今でも、そういう気持ちが抜けきらない。

しかし、である。

最近、僕はもうそういう「かっちょいい大人の男」になるのをあきらめようと思うのである。

自分はそういう世間からかっこいいとされるようなヒーロー像とは
残念ながら、かけはなれた人間であると、そろそろ自分で認めねばなるまい。

すでに去年の秋に「出世」というものをあきらめた僕である。
さすがに「男らしく」とか「かっちょよく」とかいうオスとしてのプライドくらいは
守っておいたほうがよかろうとつっぱっていたのであるが、
それは中途半端とゆうものであろう。

さっさと、まだ戦える一匹のオスであることを降りて
「オバチャン」というまだ見ぬ、しかしなぜか昔から親しんできたような気もする
新たな境地へ進もうと思っている。




なぜ、僕はオバチャンを目指すのか?

気づいてしまったからだ。

会社でコンビニ弁当を食べている人がいると、
ついちゃんと栄養を摂取できているのか気になって
朝や晩はちゃんとした食事をしているのか聞いてしまう。

出かける時はできるだけアメちゃんや小さいチョコを入れておいて
一緒にいる人にもあげてしまう。

恋人のいない人がいると、じゃあ誰かいい人紹介しなくちゃと
すぐに色んな人の顔を思い起こしてしまう。

僕はどちらかというと、これまで自分のことにしか関心がなかった。
周りがどんな気持ちでいようが、何に悩もうが、どうでもよかった。
そんなことに構っているヒマがあったら、少しでも自分のステージを上げたり
スキルを高めたりするのに時間をかけたかった。

それが不思議なことに、出世をあきらめると同時に、
自分以外の色んな人間に興味がわきはじめてきた。

他人が何を考えているのかとか、この人の幸せは一体何なのだろうかとか
突如として気になり始めてきたのである。

仕掛けは簡単だ。

これまでも僕は、他人に一切興味がなかったわけではない。
ただ、その興味は「他人が僕のことをどう考えているか」
ということにだけ絞られていただけなのだ。

ところが、僕が自分自身への関心を薄めつつある今、
他人の頭の中の、僕に関係のない部分についてまで
興味の範囲が広まってきているのである。

例えば、以前にブログに書いたひじきさんのことでもそうである。
ひじきさん。 - 犬だって言いたいことがあるのだ。
僕は最近、この素晴らしい女性と話をする時には
この人にとっての幸せってなんだろうとか、
どうやったらその手助けができるだろうかとか、
まったくもって、おせっかいなことばかり考えている。

僕はそういう、自分の中の変化を肯定したいと思う。

オレはまだまだいけると信じて、無理に突っ張ってしんどそうなオッサンよりも
人と人の間をちょこまかちょこまかと動いて
アメちゃんと一緒にいらぬおせっかいを配りまわっているオバチャンのほうが
人生をずっと楽しんでいるように見えるからである。

人生の勝者は、金持ちでも権力者でも人気者でもない。

どうすれば生きる楽しみを味わいつくせるのかを知っている者のことを、そう呼ぶのである。