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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

お客様、お客様。


えーおくつろぎのところ大変失礼いたします、切符を拝見いたします、あーどうもありがとうございます、ありがとうございます。

あーお客さま、こちらの切符ですけれど、失礼ですがどちらまでお買い求めいただきましたでしょうかーあー途中までですか、えーお客さま、大変申し訳ないのですが、あー切符をご購入の際には本来行き先をちゃんと指定していただくことが規則となっておりまして、いえ決してそのことをとがめているわけではございませんでして。

しかしえーなにぶんそういうことになっておりますので、大変お手数なのですが、どちらで降りられるのかだけはお決めいただきたく存じます。

んーそうは言ってもすぐに決められないというのも、えーそれはそれでわかります、わかりますともお客様、私事ではなはだ恐縮ですけれども、私だってこんないい年になってまで車掌のままで毎日こう切符に向かってパッチンパッチンとやっているつもりではありませんでして、えーそもそも車掌の上位ジョブが運転士なのかそれとも全く別種の職掌として相互の往き来など存在しないのかは正直存じ上げませんけれども、ただこうやっていつまでもパッチンパッチンしている予定はございませんでしたね。

えーしかしながら、では運転士になりたかったかと言われますとそれはそれで微妙なところでありまして、それはもう毎日いろんな運転士たちとも顔を合わすわけで、では彼らの誰もが常に充実感たっぷりお肌つやつやぷるっぷるの毎日を送っているのかと申しますと、えーこれはまた大変微妙なラインでして、えー仕事などそこそこに終わらせて早く家に帰って電車でGO!FINALをやりてえよと常人には理解しづらいことを言っている人も中にはいたように思えます。

あーですから、えーお客様、私はお客様に永遠の停車駅的なものをこの場ですぐに決めてくださいとはえー決して申し上げておりませんでして。

ただ、私どもの、その、しちめんどくさい規則がございまして、えー、一時的にせよ何にせよ、とりいそぎどのあたりまでお行きになるのかというのはお決めいただく必要がございまして、ええ、すみません、まことにすみません。

えーそうですね、たしかにご結婚なさってご家族を作られるというのもよい選択かもしれません、ただしお客様、一度ご結婚なされますと、その、しばらくは新しい切符を購入することができませんでして、えー大変申し訳ありません、こちらは規則というよりは一般論でございまして、まあお客様、それは一度ご結婚なされたらおわかりになるでしょうけれども、とにかくそういうことではございまして。

ん?転職して乗り換えるから、その先までの切符もまとめてご購入されたい?

えーお客様、そういったことはできかねます、これもずいぶん融通がきかない話でまことに申し訳ございませんが、転職される場合、そこから先は私どもの管轄ではございませんので、料金体系や支払いシステムなどが異なっておりまして、そちらは乗り換え先の鉄道会社さんのほうにお問い合わせいただく形となっております、はい、まことに申し訳ありませんです、ええ、ええ。

以前、それでもまとめて切符をご購入されたいというお客様がいらっしゃったので仕方なく販売させていただきましたが、なんでも転職先の職場がずいぶん肌に合わなかったとかなんとかですぐに降車されてしまいまして。

しかしそのお客様がですね、オレがあの職場と合わなかったのはそもそも高い切符をを売りつけやがったお前たちのせいだとかもう全く筋の通らないことをおっしゃりまして、その、一悶着ございまして、それ以来、私どもは乗り換え先にまで責任を持たないようにしているのです。

あーそれならばいっそのこと終着駅までご購入されたいと、あーそういうお客様もいらっしゃいます、はい、それはもうかなりの数いらっしゃいます。

えー、しかしですねお客様、なにぶんこんなご時世でございまして、文字通りレールに乗って、まあそれなりに微妙な起伏はあるにせよ、だいたいは安穏とした状態で終着駅まで行くことができる、などという時代ではございませんでして。

まあ私が若い頃などは、まだまだそういうケースというものもございましたが、今はなかなか・・・。

えーそうですね、しかしまあおっしゃる通り、あー、まずは気合いを入れて、行けるところまで行く、で、万が一停車してしまった場合は、そこから歩いてでも進んでいく、というお考えは、それはそれでアリなのではないかなとは思います。

まあそこまでおっしゃるのであれば、私は止めませんのでお任せいたします、えー規則は規則ですけれども、そんなものは手前どもが勝手にお客様と合意できていると決め込んでしまっているだけのずいぶん乱暴なものですから、まあそこは私クラスになりましたらお客様のぶんくらいはもみ消してしまうことくらい簡単なことですのでご安心ください。

えーしかしながらお客様、一点ご注意いただきたいことがございまして、万が一この電車の旅に飽きてしまったとしても、もう引き返すことはできませんでして、えーそれだけはなにとぞご了承くださいませ。


はい、そうでございます。


なにぶん人生というのは片道切符でございまして。