犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

強くなるには、どうすればいい。







人間は、とんでもなく弱い。


そんなことわざわざ立証する必要はないと思うけど、ライオンのようなたくましい筋肉も、ワシのような大きな翼も持ち合わせていないうえに、それぞれの個体がメンタルとかいう、よくわからない弱点を持っていて、そいつがすぐに傷つくので、どれだけ肉体が強靭な者であっても、そこが原因で勝手に衰弱していったりする。

他の動物からすれば、もう不思議で仕方がないだろう。

なんでこいつらは、今日のメシが食えないわけでも、天敵に襲われるわけでもないのに、弱っていくのか。

そんな奴らがこの地球を牛耳っていると思うと、まったくわけがわからないだろう。


しかし、この人間の弱さこそが、まがいなりにも今の人間の状況を作った。

弱いから、群れた。

弱いから、互いを守りあった。

弱いから、自分の身体に頼ることを放棄して、道具を使うことを知った。


弱さこそ、人間の強さだった。

少なくとも、その事実に気づいているあいだは、強さであり続けた。


僕は、まあまあ長い間、その地点まで戻りたいなと思い続けている。



ブログを書いていると、自分のことを棚に上げて他者の批判をしたり、神の視点からものを語ることもできる。

だけど実際は、ブログを書いている人は、弱いんだと思う。

少なくとも、僕は弱い。

普段の生活の中で、言いたいことを言い尽くすことができないから、ブログを書く。

満たされない欲望や、解決できない問題を抱えて、ブログを書く。

では、もし、同じような気持ちで、ブログを書いている人と出会った時、僕らはどうすればいいのか?


弱さを認め合えばいいのだと思う。

あなたも僕も、毎日の中で、どれだけ強がっていても、ここでは弱者同士なのだ。

でも、ここで、どっちのほうが弱者なりに強いのかなんて競い合うのは、野暮というものである。

そこにはお互いの弱さを確認しあう作業だけが、とりあえずあればいいのだと思う。

別に、そこから何かが発展することを願っているわけではない。

人の弱さにつけこむ悪徳商法がしたいわけでもない。


ただ、確認しておきたいと思う。

僕らは弱い、弱すぎるんだと。


まあ誤解のないように言っておくならば、その弱さを認めた上で、強くなろうとすることが、答えではない。

むしろ弱くあり続けることにしか、答えはないのだと思う。

自分の弱さを認めている時にだけ、僕らは未来に対して、知恵を使うことができる。

それを希望と呼ぶには、僕はあまりにも弱すぎる存在だけれども。