人を育てる、方法。

 

 

 

とんでもなく面倒見の悪いぼくだが、ありがたいことに若い人たちに仕事を教える機会があって、まあやっぱりめんどくさいのだが、しかしそれなりに楽しんでいて、その中で気づいたことを書いておく。

 

 

 

・教え方に正解はない気がする、その人それぞれに学び取る内容も、成長のスピードも、仕事への情熱も、すべてちがう

 

・しかし誰でも、自分で考えることは好きだ

 

・できるだけ自分で考える機会を作ることで、その人が自分で学ぶ時間を少しでも増やすことが大切

 

・ただし、たっぷりと時間を与えたからといって、その時間のぶんだけ本人がしっかり考えているとはかぎらない

 

・むしろあと二時間でなんとかして!と無理やり急がせたほうが大きな学びになる場合もある

 

・量じゃなく質で、必死に何かについて自分なりの結論を出す、という経験をすると、その人は一気に自分で考えるようになる

 

・だから教える人は、その人が自分で考えはじめるまで、我慢しないといけない

 

・我慢するのはかなりキツイ、自分ならこうするのに、というのをグッとこらえないといけない

 

・だいたいこっちはめちゃくちゃ忙しく、猫の手も借りたい状況で、一刻も早く成長してくれないと困るのに、一人で働いている以上に手間がかかって、もうパンク寸前

 

・だから普段は遠慮せずにどんどん雑務を頼めばいい

 

・雑務のかたわらで、できるかできないか微妙なラインの仕事についてトライする機会を作ればいい

 

・するとある日突然、仕事のスピードが上がったり、キラリと光る仕事が上がったりする

 

・そのときは思いきり賞賛する

 

・内容について賞賛するんじゃなく、その人がちゃんと考えて工夫したというプロセスを賞賛する

 

・これを繰り返していると、雑務以外の仕事でも成長が見られるようになる

 

・自分で考えて、自分で判断する、という経験をできるだけ増やす

 

・そのうち、その人が成長することを、自分自身が強く願っていることに気づく

 

・どうすればもっといい機会を提供できるだろうかと真剣に考えている自分に気づく

 

・つまり、自分自身も変わり始めていることに気づく

 

・そして、ここがようやくスタート地点なんだと気づく

社会と、つながりますか。



はい、みなさんこんにちは、ようこそ、社会とつながるゲームへ!



このゲームは、みなさんご存知、私たちが人間である以上関わらずにはいられない様々な社会の事象に対して、いかに賢くつながり、いかに豊かな暮らしをするかを競い合うゲームです。

さあそれでは初級編から!

まずはご存知、フレッシュ義務教育ステージです。
義務教育の魅力といえばやはり、ダリ―とかメンド―とかうまくかっこつけ、仕方なく来てやってんだよという態度を取れちゃう点が魅力ですよね。
社会とつながるゲームでは、社会から必要とされればされるほどポイントが貯まるシステムなので、学校のほうから絶対登校してください、待ってます、あなたの出席を待ってます、と参加を要請されるのに応えるだけで地味にポイントが増え続けます。
これほど余裕のあるステージは今後はなかなかありませんよ、堪能してくださいね。

初級の中で気を付けないといけないのがワクワク友達メイキングタイムですね。
まあだいたいの人は何の苦も無く乗り切るんですけれども、ここで無理に友達を作ってポイントを稼ごうと焦ってしまうと、コミュニケーションが空回りして簡単に孤立しますのでご注意ください。
あ、コミュニケーションについての詳しい解説にはオプション料金が必要ですが、この説明のあとに係員が個別にご案内しますから安心してくださいね!

さあここからちょっと難度が上がっちゃいますが、みなさんなら大丈夫!

それじゃ行っちゃいましょう、次はドキドキ受験地獄です!
ちなみにこのステージは、ほとんど苦労せずにすむ人もいますし、何度も何度も挑戦し続けないといけない人もいます。
親の資本力が圧倒的にあってエスカレーターで進められそうな方は、お隣のトキメキ早期留学生活ステージやモテモテ恋愛し放題ステージをお楽しみくださいね。

え、そんなの不公平ですって?
ご冗談を、ゲームってそういうものですよね、スタート時のパラメータってプレイヤーによって違うじゃないですか。
社会とつながるゲームは、その初期値の個人差がちょっと大きいだけですから。

はい、それでも心配な方、もちろんいらっしゃると思います。
そこでご用意していますよ、自分らしさ追求アイテム!
このアイテムを使えば、周囲とは異なる自分だけの価値観を構築し、人生における一切の不安がなくなった気になれるというスグレモノ。
周りがどうであっても、自分は自分らしく、マイペースに生きていくことができますよ。
今なら期間限定でとってもお得に購入いただけますのでぜひご検討くださいね。
あ、あまり使いすぎると、前に進む力が弱ってしまって無駄に年を取ってしまいますから、上手に使いましょうね!

さあてお待たせしました、いよいよハラハラ就職ステージです!

仕事をしてお金を稼ぐようになると、社会との接点がこれまでよりもグッと増え、社会から必要とされてるポイントが大きく貯まっていきます。
おまけに働くことができる期間はけっこう長いことが多いので、ここでバリバリとポイントを稼いじゃってください!
あ、でも注意しないといけないのは、お金を稼ぐことが、社会から必要とされてるポイントを稼ぐことと同じだと思っちゃう場合があるということですね。
たしかにお金をたくさん稼いでいる人は、それだけ社会から必要とされてる場合が多いのですが、ご注意くださいね、稼いだお金を、社会から必要とされてるポイントと直接交換することはできないんですよ。
もちろん税金を収めたり、寄付をしたりすることで多少はポイントにつながりますけど、それだけではあまり効果はないんですよね。
それよりも、世の中に役立つサービス開発に関わったり、お客さんに喜ばれたり、会社の中でみんなから頼りにされたり、そういう地味な活動のほうが意外と社会から必要とされる可能性がありますので覚えておいてくださいね。

そうそう、ドキドキ子育てステージや、フラフラ介護ステージなども、社会から必要とされてるポイントが貯まりやすいステージですよ。
対象範囲はとても狭いですけど、その人たちからは確実に必要とされますから、ちゃんと取り組んでいればしっかりと貯まります、こちらもおすすめですよ。
ただ、このへんのステージはなかなか途中でやめられないのでちょっとした覚悟が必要ですのでお忘れなく。

なんですか、そんなポイントのためにオレたちは生きてない?

ご冗談を。
みなさん、お金とか承認欲求とかプライドとか、わけのわからないもののために簡単に人生を賭けちゃうじゃないですか。
いえ、決してバカにしているわけじゃなくて、何が違うんでしょうかというお話です。
社会とつながって、社会から必要とされることをお互いに目指し、競い合い、勝ったり負けたりしながら、少しでも楽しい時間を過ごしましょうよと、こう言っているだけなんですよ。

あ、ひょっとしてお客様は人生にゲーム以外のものをお求めで?

なんだそうならそうとおっしゃってくださいよ、他にも色々ありますよ、人生は物語じゃないかと思う方にはこちらにボソボソ自分語りスターターキットがございますし、いやいや人生は修行だという方にはあちらをまっすぐ行っていただいて地下のずっと奥深くまで降りていただいたらヒーヒー修羅の道ランドがございますよ。

なんだか違う?
はっはーん・・・お客様の場合はひょっとして・・・

震源地近くで、感じたこと。



月曜日の朝、大阪で地震が起きたとき、ぼくは震源地の近くにある自宅で、保育園に行く前、次男に朝ごはんを食べさせているときだった。



下から突き上げる感じの揺れがあって、高校生の頃に阪神での震災を経験しているので、揺れ始めたときに、ああまただ、と思った。
もうこういうのは勘弁してほしいと、まだ揺れている最中に思っていた。

揺れが収まってからは、先に家を出発してしまっていた妻と長男の無事を確認し、会社からの安否確認に返事をしたあと、学校から子どもを迎えに来れる方は来てくださいという連絡が携帯のメールに来たので、さてどうしようかと妻と連絡を取り合いながら協議した。

長男は普段は電車に乗って通学している。
これも阪神の震災時の経験上、こんな揺れ方をしたら、ただじゃすまないだろう、交通機関は当然動いていないだろう、と思ったので、迎えに行くなら車だ。
おそらく同じような考えで車に乗る人が殺到するだろうし、そうなると本当に急いでいる人の邪魔になってしまうかもしれない。

そこで初めてネットやテレビでニュースをちゃんと確認した。
どうもまだあの時ほどひどい状況ではないようだ。
それで、飲み物や食べ物を色々とリュックに詰めて、車で出発することにした。

出発前に会社のメールを見ると、今日の打ち合わせはどうしましょうとか、午後の得意先への提案はどうしましょうとか、とにかく今から会社に行きますとかいうピントのずれたメールがたくさん入ってたので、そんな状況じゃないので全て中止してください、今から出社しようとする人は自宅待機か危ない場合は避難所へ行ってください、自分と家族を最優先にしてください、という返事をひとつずつ送り、ひどく疲れた。

予想していたよりも道はずっと空いていて、スムーズに迎えにいくことができた。
小学校の先生たちはみんな車の誘導や安全確保のために動き回っている。
自分の家族のことも心配だろうに、大変な仕事だと思った。

長男は普段はギャーギャー言っているが、意外とこういうときは動じない性格のようで冷静だったが、まだ親が迎えに来ていない数人の子どもたちは少し不安そうな顔をしていた。
ぼくんとこまだ迎えに来ないのかなあと言っている子がいたので、大丈夫や、いま電車が動いていないからすぐに迎えに来れない状態やねんで、お父さんもお母さんも仕事に行ってしまってたらすぐにこっちに来れない、おっちゃんはたまたま家を出るのが遅かったから早く迎えに来れただけや、ちゃんと待ってたら必ず来てくれるからあせらんでええねんで、全然大丈夫や、と肩や背中を叩いてやりながら話すと、そうか、ほな仕方ないな、とちょっとだけ落ち着いた様子だったが、やっぱり表情は固いままだった。

帰宅して、妻に状況を連絡すると、彼女もやるべきことは一通り終わったので歩いて帰宅しようかなと返事があり、さすがにそれは時間がかかるから車で迎えに行くことにした。
今度はもう渋滞が始まってしまっていて少し時間がかかった。
ただ、Google Mapsのナビはかなり正確で、うまく迂回路を通っていけたので、だいぶマシだったと思う。
無事に妻を車に乗せたとき、ようやく家族が全員回収できたと、ほっとした。
再び帰宅したときには16時を過ぎていた。

まったくこんな状況で、午後の得意先への提案を心配するなんて不思議な発想だなと思ったが、震源地からちょっとでも離れているとそういう実感が沸かないのだろう、自分だって状況が違えば、午後のプレゼン資料が揃っていないことにヒヤヒヤしたりしていたのかもしれない。

夕食は手を抜きたがらない妻だが、この日はスーパーで買い集めた総菜をテーブルに並べてみんなで食べた。
今日は久しぶりのパーティー形式やなと長男はうれしそうだった。
次男はちょっと地震が怖かったようで、今日は小さなクマの人形と一緒に寝たいと言っていた。
ああ、ぼくにとって大事な人の最小単位はこれなんだなあと感じた。
ひょっとしたらこういうときにも必死に十何キロも歩いて出社して、会社の中でやるべきことを何かやったほうが評価されるのかもしれないが(上司はそうしたらしい、そして結局何もやることがなくてまた十何キロも歩いて帰ったらしい)、そんなことは本当にどうでもよくて、ただ、この人たちと一緒に生きていたい、そう思った。

地震では、長男と同じ年齢の小学生が亡くなったという、とても悲しく、想像するとあまりに辛すぎて、想像しきれない。

ぼくはいつも、自分の子どもたちのことが心配で仕方がない。
それが今のぼくの弱さになっていると感じる。
少しでも子どもが安心して暮らせる生活にしたいと思うあまり、仕事でも臆病になり、他人の評価ばかりを気にしていて、つまらない人間になっていると感じる。
しかし、ぼくがどんな人間になろうが、それは自分で選択していることだ。

でも、自分の選択や努力では全くどうにもならないような辛い出来事には、もうどう向き合っていいかがわからない。
そういうことが人生では起こる、ということを自分のこととして受け入れられるだろうか。
でも、自分のこととして向き合うしかないだろうか。

よくわからないし、わかりたくもない気もする。
しかし、それも生きていくことの一部のようにも思う。

よくわからない。