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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

エラくなろうと、思う。








僕はこのブログを書き始めた頃、「出世なんてもうしなくていい」ということを何度も書いていた。


もともと自分のやりたいことがあって働きはじめたはずなのに、不本意な仕事も色々とやらなければいけなくて、それに耐えることが辛くて、そうだこの辛い仕事はこれからの昇進や出世のためにやってるんだ、という理屈をいつの間にか自分への言い訳として持ち出すようになっていた。

その結果、僕はすっかり疲れてしまっていたので、「出世はあきらめた」「というかもともと出世など望んでいなかった」と宣言することで、一度そういう考え方を身体中から追い出したかったのだ。

それは自分にとって、すごく良い結果をもたらしたと思う。

何より、他人の話に耳を傾けるようになった。

隠者モードになってみると、自分への関心を急速に失っていく代わりに、他人が語ることについて異常に興味が出てくる。

ああ、僕が長いこと自分のことばかり考えているあいだに、みんなはこんなに面白い経験をしていたんだなあという、楽しい発見の連続だ。

あるいは自分はどうせ出世をあきらめた人間なのだからと功を急がなくなると、これまで以上に誰にでも気軽に話しかけられるようになった(もともとそういう人間なのだけれど)。

そして、そんなダメなおっさんにでもちゃんと時間を使ってくれる人に、すごく感謝するようにもなった。

まあとにかく、素敵な経験だった。



だからこそ、いま、僕はもっとエラくなりたいと思う。


どうやらこの現実というやつは、思っていたとおり厳しくてつまらないことばかりだ。

平気で人間たちを傷つけ、苦しめ、叩き落す。

僕は現実の持つそういう残酷な部分を心の底から憎むようになった。

だけど、そんな現実を作り出したのも人間だし、それをもっと楽しいものに変えていけるかどうかも、人間の手にゆだねられているのだ。


僕は思う。


いわゆる立身出世を願ったり継続的な安定を願ったりする、ということは、このくだらない現実に深く合意をして、自分の形をいびつに変化させて、空いた隙間に無理矢理身体を埋め込む作業だ。

まあそれは全然苦じゃない、という人は別によろしい。

しかしこれを苦行だと思いながらも、他に方法が見つからなかった僕にとって、出世をあきらめるというのは、この努力を放棄する、ということだった。

だけど、いまはもう一度その苦行に挑戦してみようかと思っている。


理由は簡単だ。


今後も、そういうくっだらない、つまらない、クソみたいな苦行を経験しないといけない人を見るのがたまらなくイヤなのだ。

そのへんは、もうとっくに代替可能なロボットと成り果てた僕のような人間が、ポンコツの身体でもって、ちょっとでも何かがマシな方向へと進むように、最後の力を使うべきだと思うのだ。



だから僕は、エラくなりたい。


ちゃんとエラくなって、色んな人から陰口を叩かれて、失敗すれば責任を追及されて、失意の中で退場していきたい。

その結果、少しでも、このクソみたいな現実がほんのちょっとでも生きるに値する楽しいものだと、そう合意できる人が増えれば、僕が生きてきた意味は確実にある。


そう、とてもエラそうに、思っている。