自分の上司を、ほめる時が来たか。








僕は自分の上司を、ひそかに尊敬している。



僕の上司には、カリスマはない。


みんなの冷えきったハートを熱く鼓舞するような素敵なメッセージを発信することは一切ないし、「新事業を成功させた者には、この城をやろう!」みたいな豪快なエピソードも全くない。

その代わりに、いつもパソコンに向かってシコシコと社内向けの報告書を作っている。

で、なんだか数字だらけの書類を前にして、メガネをおでこ(というより頭の一部?)に乗せて、うーん、この数字見えん見えん、とうなっているので、まだ彼よりは老眼レベルがマシな僕が、どれどれちょっと見てあげましょう、とこれまたメガネをおでこ(こちらの状態も多少マシな程度)に乗せて、あーこれは僕もちょっとキツイな~、おーい君なら見えるだろう、と忙しそうな若い社員に声をかけてムッとされたりする。

その若い人をなだめたりおだてたりしながら読みあげてもらった数字を、彼はありがたそうにエクセルの数表に入力するのだけど、どう考えてもその数字はとても瑣末な要素であって、報告書の精度にはほとんど関係ない。

おまけに、昼はコンビニで買ってきた焼きそばだのパスタだのをデスクでズルズルいわせながら食べていて、もうまったく威厳はない。

ただ、そんな上司でも、時々、声を張り上げる時がある。

先日も、おおい!とみんなの前で僕を呼びつけたので、一体どうしたのだろうと話を聞きにいくと、彼は少し身体を斜めに構え直し、眉をぴくぴくと神経質そうに動かしながら無言で床を見つめ、さらにひと呼吸入れてから、やっと口を開いた。

「ちょっといいか・・・・・このあいだな・・・内祝いでいただいたワイン・・・非常にうまかった・・・うちの嫁さんからの伝言だ・・・・急に呼びつけてすまなかったな・・・奥様にもよろしくお伝えください」

本当にどうでもよい。



そうなのだ。



僕の上司は、現場の人間が「どうでもよい」と思えることについて、とても細かく神経を集中させることができるのだ。

これは特殊能力である。

おまけに彼も元々はバリバリ現場で前線を戦ってきた人間なので、はじめからデスクでちまちまと書類を作ることが性に合ってたとも思えないので、後天的に獲得した能力のはずだ。

今のような仕事のスタイルが確立された経緯は詳しくは知らない。

とにかく彼は「現場から見たら本当にどうでもよくて、なおかつ非常につまらなさそうなこと」に対して真っ正面から取り組んでいる。

おまけに、現場の人間に対しては非常に気を使う。

飲み会代はいつも彼が支払うし、まあ経費でうまくやってる分もあるようだけど、二軒目は確実に自腹だ(ちなみに僕らの飲み会では、二軒目のほうが結果的に高くつくことも多い)。

また、負荷をかけてる社員へのケアは絶対に忘れないし、常に現場が気持ちよく仕事できているかどうかを細やかに気づかっている。

別にみんなから尊敬されているわけでもないが、だからといって極端に軽んじられてるわけでもない。

いちおう、みんな、彼の言うことは聞く。

理屈っぽくてカタカナ語だらけで、正直何を言ってるか半分くらいしかわからないが、いちおう聞く。

僕がいる職場は、自分の稼ぎくらい自分で獲ってくる気概のある、ややこしい人間の集まりでもある。

僕の上司は、そんな連中を抑えつける迫力もなく、かといって極端にへりくだる様子もなく、その中途半端な立ち位置を見事にキープし続けている。

そして今日も誰かを突然大声で呼びつけては、眉間に渋いシワを寄せて言うのだ。

「おい、お前・・・・そのネクタイ・・・似合ってるな・・急に呼びつけてすまなかったな・・・奥様にもよろしくお伝えください」



そろそろ査定の時期が、やってくる。