犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

サードプレイスは、目的地ではない。




僕は自分のことをかえりみて、人間というものは、本当に欲望を生み出す永久機関だなあと思う。


どれだけ普段の生活に満たされていようとも、もっと新しい刺激が欲しい、もっと気持ち良くなりたい、もっと色んな人に愛されたい、と次から次へとドロドロと欲望があふれてくる。

まあそれはひょっとすると僕だけなのかもしれないけれど、しかし毎日をひたすら生き抜き続けるためにこのシビアな現実だけを見つめ続け、色んな欲望を我慢し続けていれば、モヤモヤしたものがたまってくるのは、きっと他の人だって同じだろう。

だからこそ、人は「ここではないどこか」について思いを馳せる。



会社などの職場や自宅や家庭などの生活の場とは違う「第三の場所」、サードプレイスとは何か。

そして、どこにあるのか。

このところずっと考え続けているテーマだ。

簡単に言ってしまえば、それは人の数だけあるのだろう。

普段の暮らしを戦い抜いている人にとっては、そこに求めるのは、安らぎだったり再生の場所だろう。

たとえばツベルクリン氏も、普段のブログとは違う普通の日記を書きとめることで、疲れているのに高ぶり続けている気持ちをゆっくりと冷ましていく、ということの大切さを書いている。

特に週末の金曜は一週間走ってきたことで、体はもちろんのこと疲れているし、多分だけど月曜より金曜のほうが体が帯びている熱は高いので、感覚的にこの何気ない日記は冷たい水に焼け石を入れてジュワーってさせる熱さましみたいなもの。あのジュワーってなるのいいよね、ジュワー。

そんでジュワーとなって少しばかり冷めた石を土日で寝かして、また月曜日から轟々と猛る「社会」という名の煉獄にこの身を投じて毎日をたくましく生きていくっつー算段。

焼け石を水に入れてジュワーってやるみたいな週末 - 自省log

この時間を持つこと自体も、一つのサードプレイスと言えるかもしれない。


また、サードプレイスにとって大切な要素として、その場所に誰といるのか、ということもあるだろう。

昔、ある人の頭のスイッチを入れ替える手段は一人でホテルのバーで飲むこと、と聞いたことがあるが、別にホテルじゃなくても自分の部屋で一人で飲めよ、とは思わない。

ホテルのバーにはもちろん応対してくれるスタッフがいるし、他の客もいる。

誰もこちらに必要以上に構ってこないけど、しかしそこには誰かがいる。

さっきのブログで普通の日記を書く時の感覚も、それに近いように思う。

誰が読んでいるかはわからないし、別に反応を求めているわけでもないけど、しかしどこかで自分と袖触れ合う誰かがいる、という感覚が、けっこう大切なんだろう。


だけど、それだけがサードプレイスについての答えというわけでもないようにも思う。



僕は、ただ傷を舐め合うだけの関係、というものがあまり好きではないし、わけもなく群れをなすことも好まない。

だからこそ余計に「自分は今、誰と一緒にいるのか」ということについて、敏感になって生きてきたと思う。

しかし、これは相手にとっても同じことで、それならお前は俺の貴重な時間を共に消費できるほど価値のある人間なのか、という話になってしまう。

まあひょっとすると本当はそういうことなのかもしれないけれども、人間、見つめすぎても仕方のないことがあるのだ。


そういう時は、少しだけカメラをルーズに構えてみることにしている。


たしかに、ひょっとするとサードプレイスというものの本質は、誰かとどのような時間をすごすかということなのかもしれないが、それはある瞬間をとらえた一枚のスチール写真と同じなのかもしれない。

僕らはたしかに誰かと出会い、大切な時間をともにすごし、いつかは別れ、また誰かと出会うだろう。

しかし、なぜ僕らはこんなにも無数の出会いと別れを繰り返しているのか。

答えは簡単で、僕らは、それぞれの人生を別々に進んでいる旅人だからである。

もちろん旅の途中で目的地を見失って、立ち止まった土地に永住しようとする人もいるだろうし、一人で行くのにすっかり飽きてしまって、誰かと連れ立って歩くことを選ぶ人もいるだろう。


そうだとしても。


僕らは自分自身にしか見つけることのできない旅を続けていく。

残念ながら、人間というのは他人がもたらしてくれる幸せというものだけでは、本当に幸福にはなれないようにできているからだ。

悲しいことだけど、その答えは、自分で見つけるしかない。

サードプレイスというものは、そんな旅人たちにとっての、道の駅のようなものかもしれない。

できることならば、その道の駅には、小さな地図を置いておいてほしいな、と思う。


旅人たちが、ここにたどりつくまでに歩いてきた道のりを思い思いに書き込むことができる、真っ白な地図を。