人生2周目の答えは、もう手元にある。

50歳以降をどのように生きればいいのか、人生の先輩たちの話を聞きたい、というnarushimaさん(id:narushima1977)の記事をきっかけにして、色んな意見が集まり、ついには久しぶりにイチローさん(id:yumejitsugen1)から「60代だけどこんな感じだよ!」という文章が寄せられて、ブログのやり取りの楽しさを思い出している年の瀬である。



さて、60代になったイチローさんは、今どんなことを感じているのか。
イチローさんは、実にイチローさんらしいオープンマインドな文体で、考えさせられることをさらっと言ってのける。

僕はふと気づきます。 
特別な才能のない小説書きは、デビューまでに10年というのはざらです。
この苦しい生活を10年続けて、仮にデビューできたとして、72歳。それを、いったい誰に誇りたいんだろう。
子供の頃からの夢を達成したからと言って、あと何年の人生が残っているのだろう。
生き方を間違えている。
なにかを達成しなければ、生きる意味がないという、中年期までの価値観にとらわれている。
書き続けるのは、僕の人生そのものなので、絶対に、やめられない。
でも、「小説家デビュー」は、後付の目標に過ぎない。
明日、死ぬかもしれない。だから、これからの人生は、毎日が、楽しくて仕方がないように生きよう。
小説は書き続けるけど、楽しく生きることを第一の目標にする。
そう思い直しました。

そこでイチローさんが見つけたのは、若い頃に好きだったホッケーや歌だった。
見つけた、というのは変な言い方で、もともと好きだったものにあらためて出会ったのだから、再発見という感じか。
なるほど、これまでにやってきたことと、そういう形で再会できることもあるのかもしれない。
記事を読んだfujiponさん(id:fujipon)もこう書いている。

いま、もうすぐ50歳、という年齢になってみると、結局のところ、仕事に限らず、若い頃、感性が豊かだった頃の思い出や経験、やっていたことが、自分の後半生を支えているのではないか、と感じます。
年を重ねると、新しいことって、できないんですよ、なかなか。
だから、若い人たちには(中高年にも)、「貯金や投資は大事だけれど、あまりストイックになりすぎずに『使えるお金はちゃんと使って、人生を楽しんでおいたようがいいよ』」と伝えたい。

なるほど。
それじゃ、ぼくが若い頃に夢中になっていたことで、これからの人生を支えてくれそうなことってなんだろう、と考えるに、やっぱり文章を書くというのは小さい頃から断続的であっても続けていて、たぶんほっといても何らかの形で書き続けるのだろうなと思う。
あともう一つは、これはあまり考えたことがなかったけれども、人と話すことかもしれない。
ただ、つい自分の話ばかりしてしまうけれども、対話を楽しもうと思ったら、相手の話を聞くことが必要で、そのための場数が不足しているような気がする。
どうもこれからの人生では、もっと「聞く」ことにも集中すれば、より楽しめることが増えるかもしれない。
それは文章についても同じで、これからは「書く」だけでなく「読む」ことも大事にしていけたらなあと思う。
そう考えると、意識してなのか無意識なのか、これまでのぼくの人生は「書く」とか「話す」とか自分から能動的にすることばかりに関心が偏っていたけれども、人生2周目ではもっと受動的な部分も大切にしていくと、もっと楽しめるのかもしれない。

どうも、忙しい毎日を送っていると、自分の好きなことや好きだったことについて考える余裕をなくしてしまう。
達成するべき目標、取り組むべき課題、やるべき仕事にがんじがらめになってしまって、自分が本当は何が好きだったかなんて忘れてしまう。
だけど、そうやって未来の自分のために今の自分を犠牲にするのはもうほどほどにして(そんなにたいした未来は残っていない)、もっと自分に素直に暮らしたいものである。

この年末年始は、自分の「好き」をもう一度探してみるとするか。



以下は、この記事を書くきっかけになったエントリ。

narushima1977.hatenablog.com

fujipon.hatenablog.com

kyouki.hatenablog.com

blog.tinect.jp