人それぞれの価値観を大事にするのは、難しい。

 

 

 

え〜価値観は人それぞれ、と言いますが、これはすごく難しいことだと思いますね。

 

 

 

ご存知の通り、だいたいの場合、一人ひとりの価値観を大事にしている人のほうが、競争に負けます。

団体スポーツでチームメンバーの一人ひとりが違う価値観を持っていて、家族が大事だから強化合宿で練習は休みますとか、自分は人と争うことが嫌いだから勝つことにはこだわらず楽しくやりたいですとか、色んなことを言っていたら、まず試合に勝つことはできません。

企業同士の競争でも、従業員一人ひとりの価値観が大事だからと、それぞれのやりたいことばかりやらせている企業が生き残るのはレアケースで、周りからブラックと言われようが、従業員が同じ価値観を共有して全社一丸となって必死に働く企業のほうがどんどん市場を奪っていくわけです。

勝負にこだわればこだわるほど、人は多様な価値観を認め合うことよりも、ひとつだけの価値観、つまりは「勝ったほうが勝ち」というただひとつの正解だけを追い求めるようになり、その正解から遠そうなものを排除するようになるわけでございます。

 

人それぞれ、という考え方はそういう状況の中ではとても弱い。

一人ひとりが別々の価値観を持ち、別々の基準に従って動いていては、圧倒的に生産性が悪い。

ひとつの判断に基づいた命令を素早く理解し、目標をミスなく迅速に達成することを誰もが優先する、そういう考え方のほうがずっと効率が良い。

まあそんな状況です。

 

 

じゃあどんなときに「人それぞれ」という価値観が役立つかと申しますと、これはもう新しいものを生み出すときしかありません。

新しいものは異質な考え同士を持ち寄らないと生まれないので、当たり前の話ですが、要はそういうときにだけ役立つと決め込んでしまって、いつでもどこでも「人はみんな価値観はそれぞれなんだ!」なんてわめきまわるのはやめて、新しいものを必要としているところに自分から出かけていって、ほらこんな変な考えや面白い発想を持つ人たちがいっぱいいて、お互いのアイデアを組み合わせたらこんなことできちゃうじゃないですか、いやあ面白い、素晴らしい、たまらんなと、そうやって実践していくしかないと思うのであります。

 

それでまあ、実際にそう考えてみると、新しいものを必要としていないところなんてほとんどありません。

別に、いつも創造的なものを生み出し続けているような場面だけじゃあない。

生産性を追い求めている状況であれば、じゃあもっと効率よく仕事を回していくにはどうしたらいいのか、そのアイデアはいつだって必要とされているし、同じことばっかりやり続けてすっかり飽きてしまっている人たちの元気ができるような刺激的な考え方だって必要とされています。

そういうところで、人それぞれの違った価値観をうまく組み合わせながら、地道に新しいものを生み出していけばいいわけであります。

 

それでまあ勝ち負けとか競争とかいう話に戻ると、ぼくにとっての勝負というのは、そうやって毎日の中でどれだけ新しいものを生み出しているか、その勝負でしかないと思うのです。

新しいものを生み出すというと、何か特別なものでないといけないように思われるかもしれませんが、ちょっとおいしいコーヒーの入れ方がわかったとか、ちょっと楽にトイレを掃除する方法を見つけたとか、ちょっと集中力がアップする椅子の座り方を考えたとか、そういうことを少しでも積み上げていけばいいだけなのであります。

 

それでまあ、そういうことが面倒になって、一発逆転で世の中をひっくり返してやるんだと考えて、そのためにはライバルをやっつけ、敵を完膚なきまでに叩きのめし、圧倒的な勝利を納めなければいけないんだ、そのためならすべてのものを犠牲にしてもいいんだ、とまあそういう風に考えるようになったら、それが完全な敗北だと、まあそう思うわけであります。

まあそう思わない人がいたってしかたないですがね。

 

価値観は、人それぞれですから。