正しさが、世界をつまらなくしている。

 

 

 

論理が人間の文明を発達させてきたのは間違いないと思う。

 

 

 

だけど世の中の全てのものがまだ論理的に説明しきれるものではない。

なのに現時点で全ての現象が全て説明しきれる、正しい世界の見方がある、と思いこむのは、すごく苦しい生き方だと思う。

 

あなたは前、こういうことを言いましたよね、なのに今度は違うことを言ってる、と怒る人がいるけれど、それは当たり前の話で、人間の考えは変わっていくものだし、変わらない人のほうが本当に大丈夫かなと思ってしまう。

 

正しさばかりを気にしている人は、雷に打たれるような突然のひらめきや、いきなり恋に落ちるときめきを味わったことはないのだろうか。

いや、きっとあるはずで、しかしそれはとても個人的な現象だからと片付けてしまいがちだ。

 

なぜ、正しさばかりを気にする人は、個人的で、論理的に説明ができなくて、わけのわからぬ感情を、他人に表明したり、問題提起したりするものではない、と思いこんでいるのだろう。

 

そのわけのわからぬ感情こそが、誰かが困っている状況を明らかにし、あるいはうれしいと感じることを共有し、今よりもっとマシな世界を作る原動力になるはずなのに。

 

どうか、正しさばかりを気にする人よ、論理という鎧に身を固め、理解できないものを無視し、自分の心の声に耳をふさぐのを、ちょっとやめてみてほしい。

 

そこに、あなたが本当に欲しかった答えが転がってないだろうか。