ペンギンからの、宿題。


すっかり忘れていたことなのだけれども。



入社したばかりの頃に、「この本を読んでおきなさい」と新入社員のみんなに配られた本があって、それはペンギンの国にやってきたクジャクの話で、簡単にいえば、ペンギンの国にスカウトされてやってきたクジャクが色々とがんばるんだけど、独特のルールや慣習を守ることを大事にしているペンギンたちのコミュニティになかなかなじめず、結局同じようになじめない鳥たちと一緒にペンギンの国を離れ、新しい島に移り住む、みたいな話だった。

ぼくは当時、やってきたばかりの会社の環境になじめなくて悩んでいたところだったので、これは、早く会社を辞めて出ていけ、というトップからのメッセージなのか、と半ば本気でそう思った。

ようやくペンギンの国に入国することができたばかりなのに、さっさと出ていけと言う。

まったくもって、謎だった。

いったいこの会社はぼくらに何を求めているのだろうと。


それからすぐにぼくらはそれぞれの部署で仕事を始めるようになり、環境になじむとかなじまないとか言っている場合じゃないほどやることはあって、あの時のことなんか考え直す機会もなかった。


ところが今日、それをふと思い出して、さて今のぼくは自分がクジャクなのかペンギンなのか他の鳥なのかわからないけれども、あのわかったようなわからないようなモヤモヤしたビジネス寓話にたいして、何らかの答えを出せるかなあと、ちょっと考えた。

それで、まあ仮にぼくがクジャクだったとして(犬だけど)、今のぼくはなんだかんだ言いながらペンギンたちと折り合いをつけながら毎日を暮していて、他の鳥たちもそれなりにペンギンたちとうまくやっているし、やっていけない鳥はよその島に飛んでいったりもした。

ひょっとしたら他のクジャクがぼくを見たら、クジャクではなくペンギンだと思うかもしれない。

あるいはクジャククジャクでもひどく地味で、存在感の薄いクジャクに見えるかもしれない。

しかし、ぼくは思うのだけれど、ぼくが住んでいるペンギンの島をじっくりと見ていれば、そこにはペンギンなんてほとんど住んでいないのだ。

ペンギンに見えるように白と黒に羽を塗っていたり、身体を丸めてそれっぽく見せていたりするだけで、だいたいのペンギンは、実際はペンギンではないのである。

ぼくは何度か他の島に飛んでいけないかと考えたこともあったし、これからもどうするかはわからないけれど、それでも今まだペンギンの国にいるのは、どうせ他の島に行ったって、そこに住む鳥たちはみんなそこの住人のフリをして暮らしているだけで、実際は違った種類の鳥が集まってそれっぽくやってるだけなんだと、そういった事実に気づいているからだろう。

もちろん、いよいよペンギンの国に住むわけにはこれ以上いかないぞとなればどこかに飛んでいくかもしれないけれど、このペンギンの国のように見えている場所を、ペンギンのような恰好をしているだけの鳥たちと一緒に、もっと居心地がよくて、楽しい環境に変えていくことだってできるのだ。

ぼくは新入社員時代、自分のことしか考えていなくて、自分の未来にしか関心がなかったので、当然そんなことなど思いもよらなかった。

ペンギンの国のおとぎ話は、ぼくには「今の環境が合わないと思ったら出ていけ」というメッセージとしか受け止められなかったのだけれども、重要なのは話のほとんど最後のあたりの、「他の鳥たちと力を合わせて新しい世界を作れ」ということであって、それは別にどこでだってできるように思う。


会社に就職すれば自分に合った環境が用意されていて、そこで頑張ればいいとだけ思っていた新入社員時代。

それは違うぞと、会社は教えてくれていたのだ。

約束された場所なんて、どこにもない。

老いも若きも、力を合わせて新しい島を作っていくことが、理想に近づくためのたったひとつの方法なのだ。


もはや中年にさしかかってるぼくだけど、あの新入社員の頃の謎がやっと解けたわけだし、ここからようやくペンギンの国の暮らしを、他の鳥たちと共にもっと楽しめるように思う。



まあ、犬なんだけど。