頭が割れそうに痛い。
どうも風邪を引いてしまったようだ。
しかし、奴らは待ってくれない。
妻が急な用事で外出してドアが閉まった瞬間に、赤ん坊のほうは泣きわめきはじめる。
大きいほうは、今すぐセミ捕りに公園へ連れて行かなければ、お母さんに内緒で新しい靴下を買ったことをバラすと脅す。
たいしたことはない。
想定内だ。
大人をなめるな。
経験者なめるな。
僕は素早く哺乳瓶を手に取り、フォローアップミルクをお湯で溶かし、あらかじめ用意していた冷水を足して適温にする。
その一連の作業をしながら、大きいほうに対しては、セミ捕りに行きたいならば先に果たすべき義務を果たせと、おもちゃの片付けや衣服の整理などのタスクを列挙して行動させる。
完璧だ。
これが終わったら燃えるゴミの回収も先に済ませてしまおう。
帰宅後の用事が減って、楽だ。
余裕を取り戻した僕は赤ん坊にミルクを飲ませながら、明日の仕事に関わるアイデアを少し考えはじめる。
突然、電話が鳴り響く。
赤ん坊を抱きかかえたままなんとか電話に出ると、義母が何か大声かつ早口で話してくるが何を言ってるのかよくわからない。
いきなり赤ん坊が大量にミルクを吐き出す。
無理な体勢にしたからだ、僕の服も床のラグもびしょびしょだ、どうする、まずは赤ん坊を置くか、いや先に電話を切るか、ちょっとお義母さん今ですね、え、数珠、数珠、がどうかしましたか、ああ高い数珠を買った、すみませんよくわからない上にいまミルクを吐き戻しましていったん、え、いや僕ではありません、え、数珠はいま間に合ってます、すみませんちょっとすみませんいったんすみません。
慌てて受話器を置いたら一体何がどうなったのか、一口だけ飲んだだけのコーヒーカップが倒れ、漂白しないと取れなさそうな汚れをあたりにぶちまける。
赤ん坊はここぞと再び大声で泣きはじめる。
タスクをフルスピードで消化したやつが戻って来て、セミ捕りは?セミ捕りは?
早く行かないと雨が降って来ちゃうよ。
そうだな、セミ、行かないとな。
うん、行かないと。
喜ぶ子供は床にぶちまけられたミルクとコーヒーを靴下で踏んで小躍りし、被害はどんどん広がる。
電話がまたがんがんと鳴り響きはじめる。
玄関のチャイムも鳴っているのはNHKの取り立てか、宗教の勧誘か。
頭が痛い。
割れるように痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
風邪だからな、仕方ない、うん仕方ない。
今日は本当はゆっくり休養を取るつもりだったからな、うん仕方ない。
いいか。
大人をなめるな。
そうだ経験者なめるな。
こんなことはたいしたことじゃない。
僕だって育児も家事も経験者だ、たいしたことじゃない。
うんたいしたことじゃあない。
たがら頼む君よ早く帰ってきてくれよろしくお願い申し上げます。