僕は、自分大好き人間である。
たまに鏡に映った自分の顔を見て、さすがにオレもちょっと老けてきたなあ、と感じる時でも、まあそんなオレも味があっていいよね、とか普通に思うし、どんなにみじめな状況に陥ったとしても、ああオレすげえかわいそう、すげえかわいそう、こんなかわいそうなオレがオレは大好き、となってしまうのでどうも始末に負えない。
そんな僕なので、自分がどんなことについて好きなのかは、もちろんよくわかっているつもりではある。
しかし、それと同時に、好きなことばかり追求していてもつまらないな、と思うこともある。
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灰色ハイジさんが最近考えておられることを、読んだ。
社会人になってからは、意識的に自分が好きなものって何だっけ?と自分に問うようになった。
好きなものを好きという勇気 - 灰色ハイジの観察日記
映画や音楽、服、たまたま目にしたポスターなど全部に「これは自分は好きか?」と。
わざわざ訓練しなくちゃなの?という感じだけれど、仕事って何%かの自己主張を求められると思う。もちろん100%出すとうざいんだけど・・・。
これは本当に、仕事の中ではもちろんのこと、普段の生活の中でもそうだなあ、と思う。
服を買いに行っても、自分が次に着たいと思うイメージがわかないと、シャツひとつ選べないし、今晩食べたいものが思いつかなければ、何の野菜を買ってよいかもわからないし、自分が好ましいと思う時間の過ごし方がわからなければ、週末の予定だって立てられない。
だけど、誰もが明確な好き嫌いを持っているわけじゃないし、あったとしても人に言いたくないこともあるだろう。
そう考えると、僕は日常生活でついつい「あなたは何が好きで、何が嫌いですか?」という質問をしてしまうことがあるのだけど、それを相手に答えさせるのって、フェアじゃないかもな、とも思うことがある。
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さて、そろそろ今日も命がけの大ジャンプをしよう。
たぶん「僕はこれが好き」という意志表明をするのは、「好き嫌いゲーム」への1つの参加方法なのだと思う。
このゲームにおいては、自分の好きなものを呈示すると、ポイントが加点される。
そして「それを好きな理由」を明言するとさらに加点が期待できるが、その場合はその理由がそれなりに説得力のあるものでないといけない。
また、このゲームでは、自分が嫌いなことについて表明することもできるが、実はその時点ではまだそれが減点となるかどうかは決まってなくて、次に呈示する「それを嫌いな理由」次第では、大きな加点による大逆転もありえる。
これは「好き嫌いを表明する」というただのゲームであって、その結果によってすぐに何かの勝ち負けが決まるわけではない。
ただ、このゲームの厄介なところは、これを何度も繰り返しているうちに、少しずつ自分が他人に対して表明している「好き嫌い」がある種の合意を形成していって、身の回りに影響を及ぼし始めるところだ。
よく「普段から自分が好きなことを周囲に伝えていると、だんだんその方向に道が開けていく」というのはウソではなくて、実際に周りの人とのあいだに「この人は、これが好きなんだ」という合意が作られていき、それぞれの行動や選択に影響を与えていくものなのだ。
そうやって、うまく「好き」と「嫌い」を表明していくことで、より自分にとって好ましいほうへと進んでいけるようになっていくと、このゲームは非常に大きな意味を僕らにもたらす。
だから、「好き」を表明することはすごく能動的な行為なのだ。
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だけど、最近思うのは、しかしこれはやっぱりゲームにすぎないのかもしれない、ということだ。
僕はかなり長い間、この「好き嫌いゲーム」に慣れてしまっていて、簡単に好きとか嫌いを表明してしまうクセがあるのだけど、どうも「好き」と「嫌い」だけでは突破できない壁みたいなものがあるようなのだ。
「好き」とか「嫌い」というのは往々にして、「突然、なくなる」ことがあるからだ。
今まであんなに夢中になっていた趣味だったのに、急にその情熱が冷めてしまったり、あるいは、あれほど嫌いだと思っていた仕事なのに、いつのまにか好きになってしまっていたり、そういう状況が発生した時に、僕らは何を頼りに進んでいけばいいのだろう。
もちろん、その時は新しい「好き」を見つけたり、その新しい「好き」を追求すればいい、ということなのかもしれないけど、とにかく僕らの「好き」と「嫌い」というのはそれくらいいい加減なものなのだ。
むしろ、いい加減で、流動的で、変化しやすいことが、「好き」と「嫌い」が持っている最大の魅力なのだ。
だからこそ。
そうやって、うつろい続ける自分の気持ちにもっと正直になっていきたいなあと思うし、他の人の気持ちの変化に対しても受け入れていきたいなあと思う。
そして、もちろんこれは、だから僕の話すことが昨日と違っちゃってても許してね、という非常に甘えた態度でもあることもついでに表明しておこう。
自分大好き人間なのだから、仕方がない。