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報酬を、与える。


以前も書いたことだけれど、何かひどく大変なことをやりとげたからそれに見合う対価が得られるとか、これだけやったんだから何をしてもよいとか、そういう考え方は、他人とのやりとりの中では役立つこともあるが、自分自身に対しては役に立たないどころか、なんでこんなに頑張ってるのにオレは報われないんだという気持ちを育てるだけなので、まあ害にしかならない。

ぼくの理想としてはその日に取り組んだことはその日によくやったと自分で自分を労ってチャラにしてしまうことであり、もっといえば何か大変なことや面倒なことに取り組んだ瞬間にその人はこれまでの自分を越える偉大な挑戦をやりとげたわけで、その一瞬一瞬を自分で賞賛してあげればいいのである。

しかし人間というのはどこまでも貪欲で、もっとほめてほしい、もっと癒してほしいと際限なく求め、それが与えられなかったときに「自分は裏切られた」「誰も評価してくれない」と憤り、勝手にやる気を失うわけだ。

そういうことが続いておかしな具合になった体験をふまえると、まあできるだけ自分の行動には自分で意志を持ち、うまくいってもいかなくても、いやあよくやったなと自分をほめてやるのが一番楽で、それじゃあ足りなさそうだと思えることは、はじめからやらない、しかしどうしてもやらなければいけないときは、はっきりと決めておきたい、これは誰かにやらされているのではなく、自分でやっていることだと。

そうでないことは、やらない。

自分の人生を人のせいにして生きるのはぼくには耐えられない。