犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

夢の、終わらせかた。

こちらのシロクマ先生のエントリを読んで。
天賦の才能によらず、夢を見ているXさんへ - シロクマの屑籠



夢を追いかけている人を無条件にすばらしいなと思ってしまうほうだ。



ぼく自身も小さな経験だが、叶えたいと思っていた希望を数年かけて通したことがあり、それが自信につながっていたりもする。

しかし一方で、大きな夢を描きながら挫折したこともあるし、夢を叶えたあとの展開がお粗末でたくさんの失策をやらかしたこともある。

だから一概に夢を叶えようとすることを、なんでもかんでも手放しで称賛するのは考えものなのかもしれない。

まして、養うべき家族がいたり、加齢によって自分の成長率にこれまでほど期待が持てなかったりと、生きていると色んな事情が増えてくるから、夢を叶えようとするなんてのは、さまざまなリスクをわざわざ生み出す危険極まりない行為でしかないのかもしれない。

ぼくたちは、夢を見る方法と同じぐらい、夢を終わらせる方法についても詳しくなったほうがいいのだろう。


夢を終わらせるにはいくつものやり方があるけど、自分以外の誰かに託す、というのはひとつの答えじゃないだろうか。

自分の叶えられなかった夢を子供に託す、みたいな直接的なやり方もあるが、たとえば、自分よりも夢の近くにいそうな人を応援する、という手もある。

そうすれば自分だって間接的にその夢を叶えられることになるし、そのために自分ができることが見つかれば、叶わなかった夢も成仏できるだろう。

結局、夢がなかなか終わらせられないのは、それを叶えるための行動を選択できると思えてしまうからであり、その行動を別の行動へと切り替えない限り、夢への怨念はさまよい続けることになる。

大切なのは無理やり「終わらせる」ことではなく、誰かにそれを託したり、あるいはもっと楽な方法へと移したりして、夢が持っている力をていねいに手放していくことだ。


そんなことをすれば自分からパワーが失われるんじゃないかって?


大丈夫。

頭カラッポのほうが夢つめこめる。