犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

キスに勝つ方法は、あるか。


重要な役職にいて冷静沈着なことでよく知られている人が急に異性関係に夢中になってしまったり、あとちょっとの我慢だったのに、というところでスキャンダルを起こしてしまったりするケースは古今東西あとを絶たない。



そういう話を聞くたびに、どんな栄華や名声も、目の前の気持ちよさには勝てないんだな、と思う。

それを抑えるのが理性だとかモラルだとか言うのは簡単だけれど、エロティックな感覚が全身をかけめぐる昂揚感とか、その時に発揮される普通じゃないパワーみたいなものは、仕事なりスポーツなり創作なりで発揮されるそれと全く別物だとは思えず、むしろそれらをはるかに上回る場合もあると思う。

難しいものだ。

普段はやる気なり向上心なりを美徳としてほめたたえる一方で、スキャンダルへの情動は忌むべきものとして叩き倒される。

もちろん、それは従来の社会のあり方を不安定にするものだからなんだけど、そこには「オレはこんなにガマンしてるのにお前だけ!」「私はこんなに退屈なのにあなただけ!」という無言の声が聞こえるような気もする。

大事なのは、だからみんな必死にガマンを続けて脱落した者を一斉に叩くというチキンレースを繰り返そうよ、ということではなく、どうすればそのガマンをしなくてよくなるのか、なのだと思う。

そしてその知恵を深めていくのは、ガマンしている人たち同士なのだろう。

突然ダメなほうの「ときめき」がやってきた時はどうすればいいのか?

そもそもそういう情動に捕まらないためには何をしておけばいいのか?

そしてそのエネルギーをうまく他の場面で発揮するにはどんな工夫をしたらいいのか?

たぶん、こういうことは古来、人生の先輩から後輩へとひそかに受け継がれてきたのだろう。

だが、一度に人口が増えすぎ、これまでの社会の仕組みも壊され、急激な近代化の中で、あまりうまく継承されていないのかもしれない。


しかし心配しなくてもいい。


それはぼくらが新たに作り出していけばいいだけだし、そういうことに取り組んだ創始者の代として子孫たちに語り継がれていくのは、なかなかスキャンダラスで気持ちのいいものだろうから。