犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

正気と、狂気のあいだで。

ぼくは、半人半妖である。


もちろん、ニンゲンの世界にいるときはニンゲンらしくふるまっている。

ただ、いまだにうまく制御できないところがあって、仕事中につい尻尾や牙を隠すのを忘れてしまったり、電柱の前で急にもよおしてきたりするのである。

若い頃はそのあたりの区別をしなくても良かった気がしてて、エライ人に噛みついても、まあ若気の至りだから仕方ないと許されていたように思うし、ひょっとしたら許されてはいなかったのかもしれないけど、とにかく自分では気にしたこともなかった。

むしろニンゲンの世界で、自分にしか使えない妖の術をどうやって磨き、どうやって発揮するかに夢中になっていた。

そのうち、妖怪の世界に戻ると言い出すやつらが出てきて、ちょっと動揺した。

妖怪の世界は、こことは違う別の厳しさがあって、強いやつだけが勝ち残り、弱いやつらはこそこそと木の陰や石の下に隠れて生きていかなきゃいけない場所だ。

そんなハードな生存競争を受け入れてでも、本来の妖怪の生き方を取り戻したいというやつらはひどくまぶしく見えたけど、ぼくにはそんな勇気はなかった。

ぼくが彼らの選択を羨望と侮蔑のまじった気持ちで指をくわえて見ているうちに、妖怪の世界に通じる穴は少しずつ小さくなっていった。

ぼくが出たり入ったりできなくなるのは時間の問題だろう。

それでも小さな穴から妖怪たちの声は聞こえるし、彼らと会話することはできる。

今でも、急にニンゲンの世界にやってきて困ってるやつの相談に乗ったりすることがある。

そういうやつはたいてい、しかしあれだな、ニンゲンの世界ってのは聞いてた以上に息苦しいところだな、と忌々しそうに言う。

ぼくはそのたびに、まあそのうち慣れるさ、と答えることにしている。

慣れてみればニンゲンの世界というのはすごくよくできた場所で、ぎゃあぎゃあとうるさいやつらをついひと呑みにしそうになるのをグッとこらえ、妖怪のくせに偉そうにしやがってと文句を言ってくるやつらにもニコニコと尻尾を振っていれば、ニンゲンと同じように給料をもらえるし、ニンゲンの女と結婚して家族だって持てる。

ニンゲンってのは妖術は使えないが、その代わりに色々と不思議な道具を使って毎日の生活を快適にする方法を知ってるし、ぼくもそれをちょっとずつ教わってるうちになかなか楽しくなってきた。

住めば都ってやつだな。


ただ最近気になってるのは、妻が寝ているときに妙な寝言が聞こえてくることだ。

あれはどうもニンゲンの言葉じゃないような気がするんだかなあ。

ひょっとして・・・





以上は、チェコ好きさんのエントリを読んで。

私たちは「狂気」という言葉を聞いたとき、ものすごくクレイジーで精神病院まっしぐら的な何かをつい連想してしまいますが、いってみれば恋愛中の人間は、この狂気の状態にあるのです。正常な人間として普通の生活を送っているようで、「恋愛」というものを経験したことのある人間は、実は狂気と正気の間を行ったり来たりしていたわけです。

狂わせ、狂う能力はあるか 橋下治『恋愛論』感想文 - (チェコ好き)の日記

しかし厄介なのは、この「狂気と正気の間の反復横とび」は筋肉のようなもので、鍛えないとなまってしまうんですね。狂気の側にずっといるとだるーんとしてしまうし、正気の側にずっといるとガチガチに凝ってしまいます。私たち大人に必要なのは、適度な運動と適切な食生活、そして精神的反復横とびです。

狂わせ、狂う能力はあるか 橋下治『恋愛論』感想文 - (チェコ好き)の日記