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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

仲良くすることを目的に働いて、何が悪い。





命令することもされることも、大嫌いだ。


働くことは大好きなんだけれども、他人から強制される仕事なんかしたくないし、他人を強制的に働かせるのもイヤだ。

ぼくの理想の働き方は、僕自身はもちろんのこと、一緒に働いている人たちも、みんなが機嫌よく仕事をしていて、協力が必要なメンバーがいたら、めんどくせえなあとかぶつぶついう人もいつつ、だけどなんだかんだいって力を合わせるし、意見が食い違うときは徹底的に議論もするし、時には本気のケンカもするし、だけどやっぱりこのメンバーで仕事するのって本当に楽しいねと、別に口に出さなくてもいいけど、そうやってとにかくみんな仲良く楽しく働くことだ。


そういうと必ず、仲良くとか楽しくとか甘っちょろいことは通用しない、その事業が存続しなければ意味がない、仲良しチームなどではなくチーム内に競争原理が働かなくては人は努力しない、実際に好成績を出している事業はみんなメンバー同士が激しく競い合っている、この世の中は生存競争だ、その競争に生き残れないやつに生きている資格はないとか、まあさんざん色んなことを言ってくる人がいる。

もちろん競争だって大切だと思っていて、誰が一番面白いことを考えるかとか、うまくやるかとか、そういう「ごっこ遊び」もあったほうがやる気は出るし、取り組むべきことをしぼりこみやすい。

だけど、ぼくらが働く目的は、何だろう?

人生におけるほとんどの時間をつぎ込んで、朝から晩まで全力でがんばって得たいものは?

今日の食事?生活の安定?老後の準備?

どれも正解だけど、ぼくはもっと貪欲で、せっかくこんなに長い時間を費やしているのだから、自分はもちろん、一緒に働くメンバーとともに、もっと熱くて、もっと楽しい時間をすごしたいのだ。

そして、幸せを感じたいのだ。

そんな瞬間が少しでも増えると、ぼくはますますやりがいを感じ、もっと知恵をしぼろう、もっと工夫しようと、そう思えるようになる。


いくら仲良しチームでもお金が儲からなくては意味ががない?

楽しくやっていても結果を伴わなければ時間のムダ?

そんなの当たり前だ。

ぼくが求めているのは、そういう条件を大前提とした上で、それでもみんなが楽しく、機嫌よく、やっていける働き方なのだ。


ただし、こういう仕事のやり方を成立させようとしたら、あまり大人数ではむずかしいのだろうなあとは思う。

それぞれの個性についてがお互いがわかっていて、今日は機嫌がいいのか悪いのかとか、いいことがあったのかなかったのかとか、それぞれのコンディションがそれとなく伝わってくるような状態じゃないと、みんなが楽しくやっているのかどうかさえわからない。

また、楽しくとか仲良くとかいっても、人によってその定義は違ってくるだろう。

本当はそれぞれの価値観が全然違うのに「オレたち仲良しだもんな!楽しいもんな!」と無理やり確認しあって強制しあう組織なんて、くそくらえであって、存在しないほうがいい。

だけど、今は情報革命のおかげで、近い考え方を持った人同士が出会いやすくなっている。

また「なんかちょっと違うな」という人は気軽に離脱しやすいのも情報ネットワークの良さだ。

だから今後はますます、楽しく、仲良く仕事をすることが大切だ(もちろん大人のプライドと覚悟を前提に)、という人同士が出会って、理想の職場を作っていきやすい世の中になると思う。


ぼくらが働いている環境はとても厳しくて辛いものだ。

だけど、力を合わせてそれを変えていくこともできるし、新しい価値観を作り出すことだってできる。

ぼくらはつい「人間は生きるために働いているのだ、仕事をするというのはとても辛くて苦しいものだ、しかし仕方がないのだ、お金を稼ぐというのはそういうものだからなのだ」という思考回路に陥ってしまうのだけど、それは数多くある仮説の1つにすぎない。

働くというのは、単に労働力を市場に提供するということではなく、今の状況をもっと快適なものに変えていく、とても創造的な行為なのだと思う。

どうせ一生働いて暮らすのであれば、ぼくはそっちの仮説に乗っかって生きていきたい。

そして、同じようにそう思える人たちと手を取り合って、毎日を機嫌よく暮らしていきたいのである。