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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

ぼくはプライドが、たかい。



とにかく無駄にプライドが高い。



だからこそ傷つくのを恐れて、色んな場面において、当たり障りのない意見しか言わなかったり、めんどくさそうなもめ事に関わるのを避けたりする。

あるいは妙に相手の気持ちをくみとろうとしすぎるあまり、自分が我慢をしてしまい、あとで苦労したりする。

以前にも書いたことがあるけど、大阪ではこういう態度を「ええかっこしい」と呼ぶ。

僕は、そのつまらないプライドを傷つけないように、「ええかっこ」しようとして、何事に対してもリスク回避的に動くのである。

リスク回避的な行動をとる人間というものは、保守的でおとなしい性格であるようにも見えるけど、それは全然違う。

けいろーさんのエントリを読んでいたら、このあたりのリスク回避的な態度のことを「全勝優勝願望」と呼ぶのだそうで、これはなかなか的確な表現だなあと思った。

 

(前略)何事においても中庸であろうとすることに対する懸念もあります。筆者は「全勝優勝願望」と書いていますが、全てのリスクを回避しようと立ち回っていると、ひとつのミスで正常な判断が取れなくなる危険性があるのでは。

現代社会には「ボケ」と「寛容さ」が足りない(『一億総ツッコミ時代』を読んで) - ぐるりみち。


僕自身が欲望のかたまりで、あれもしたい、これもしたい、どの勝負でも全部勝ちたい、と願っているあまり、どこにもリスクを引き受けられず、どこでもめざましい成果を得ることができないのである。

しかしまあいくつも数を撃ち続けていればいつか大勝ちすることがあるかもしれないと淡い期待をしながら、今日もまったく重みのないしょぼいパンチを撃っている。

世間でよくいう「いいひと」の正体というのもこれなんじゃないだろうか。

こういう「いいひと」戦略が本当に結果に結びつくのかということについてはazanaeruさんの「悪人」についてのエントリのほうが詳しい。

組織の中で上に昇っていくには「いいひと」でいてもいいことはありませんよね?
極端な悪人でなければならないということではありません。

情報を集め、状況判断し、立ち回り、手を回し、冷たい判断をできる、
そんな「悪い」ひとが出世をしていきます。

実際、政治の世界や組織で出世をして上に行く人と言うのは、計算高く、他人からは嫌われたりして、悪いと言われる側面を多かれ少なかれ持っています。
仕事が出来るマジメないいひとが出世するのは確かに理想ですが、現実は厳しいものです。

「いいひと」と思われているアナタ!出世しませんか?「悪の出世学」に学ぶ悪の出世術 - あざなえるなわのごとし


別にわざわざ悪人になりたいとは思わないけど、はたして常に「いいひと」としてふるまい、常に失敗せぬようにリスク回避的な行動を取り続ける生き方は、楽しいのだろうか。



実は、このへんは僕にはもう答えが出ている。



結局は自分が、自分の人生の中で、何をやりたいか、なのだ。

本当に何かをやりとげたい時は、その方法を必死に探すし、徹底的に計算もするし、他人から嫌われてもしかたないとも思えるものだ。

ケチなプライドなんて、どうでもよくなるものだ。

あるいは、もしそのやりとげたいことにたどり着くために「いいひと」であることが必要なら、徹底的に「いいひと」になろうと努力もする。

そうやって、自分の人生の目的に近づこうと試行錯誤している時、人は周囲の評価から自由になることができる。

どうも最近、そんなことをすっかり忘れていた。

あらためて、自分の進んでいきたい方角を確認して、また歩いていこう。



さて、こういう話をすると、必ず「別に自分の人生でやりたいことなんて何もない」とおっしゃる方がいるが、そういう方はぜひ、「いいひと」で「リスク回避的」な生き方をおすすめしたい。

その代わり、自分の人生はつまらないとか、こんな退屈な世の中にしたやつらが悪いとか、そんなことは言うべきではない。

あなたが、その生き方を、えらんでいるのだから。