これで、今月は3度目だ。
どうも最近は競技が変わるのが早すぎる、更衣室で俺はチームメートにそうぼやいた。
まあそういうな、仕事じゃないか、と奴は支給された新しいユニフォームにさっさと着替え始める。
「しかしあれだな、サッカーのパンツってのは足がスースーして妙な感じだな」
先週まで俺たちは野球のユニフォームを着ていた。
その前はラグビーだった。
それがプロスポーツ選手の仕事なんだ、と言われたら黙るしかない。
「だがこれが本当にプロの仕事と言えるのか?もっと前からルールが変わることを教えられていたらちゃんとした練習ができたし、コンディションだって整えられるのに。こんな突然変更を伝えられて、良いプレーができるわけがないじゃないか」
チームメートはほんの少しだけ苦い表情を浮かべたが、服を着る速度を緩めることなく、まあ仕事だから仕方ないさ、とだけ答えた。
ちぇっ、と俺は舌打ちをしてしぶしぶサッカーのユニフォームに着替え、スパイクに足を通す。
「うわっ、なんだこれ、めちゃめちゃキツいじゃないか。俺のサイズじゃないぞこれ」
俺がそう叫ぶ様子をチームメートはちらりと横目で見て、わずかに笑った。
「お前もついにそうなったか。こっちはもうハンドボールあたりからずっとそうだぜ」
一体どういうことだ、と俺が問いただすと、そのチームメートが履いているスパイクは外から見ても明らかにブカブカだった。
「毎回競技が変更になるたびに新しいシューズをチームぶん購入してみろ、そのコストだってバカにならない。だからメーカーの在庫品をサイズなんかかまわず一括で安く仕入れて選手に支給することになったんだよ、最近な」
チームメートはブカブカなスパイクが脱げないように、力いっぱい靴ひもを締めながら続けた。
「お前はさ、これまで割と良い動きをしてきたからジャストサイズのシューズを支給されてきた。だから気づかなかっただけさ。だがまあそれでも俺たちはまだラッキーだよ」
そう言うと、チームメートは俺にめくばせをした。
その目線を追った先には、もうひとりのチームメートがいた。
ここのところ何度もプレイ中にミスが続いてた選手だ。
彼は子供が着るようなぴっちぴちの体操服を着ていて、おまけに裸足だった。
「球団は奴に選択肢を提示したんだよ、つまり今すぐ退団するか、ああいう格好でプレイを続行するか」
俺はそれ以上彼の姿を直視することができず、ただ黙って、試合が始まる前にできるだけ履きやすいように伸ばしておこうとキツいスパイクに無理やり足をつっこんだ。
試合が始まると、すぐに状況が飲み込めた。
どうやら相手チームもこの急な競技変更に戸惑っているようで、明らかに動きがおかしい。
やつらは先日までバスケットボールをやっていたらしく、すぐにボールを手で持ってしまうのだ。
とはいえこちらも先週まで野球をやっていた身だ、プレイ時間中ずっと走り続るのに慣れていなくて息が上がってくる。
おまけにちゃんとサイズの合ってないシューズを履いているものだから、みんな次から次へと転ぶ。
特に派手に転んだ時は、観客席からどよめきが上がる。
そして、あのぴっちぴちの体操服を着たチームメートがスパイクに素足を踏まれて、激痛に耐えられず叫びながらグラウンドを転げまわると、みんな手やひざを叩いてゲラゲラと楽しそうに笑うのだ。
球団側の狙いがわかった俺はまた舌打ちをする。
だがそれがわかったところで俺にはプレイを続けることしかできない。
ここで悪い動きでもしてしまえば、次の試合でどんな格好をさせられるかわからない。
こっちにボールが回ってきた。
俺は全速力でドリブルを進めていく。
次々に相手チームの選手たちがボールを奪いに来るが、やつらもサイズの合わないシューズを履かされているらしく、こちらがほんの少しかわすだけでボールに触れる前に先に転んでいく。
これはいけるぞ。
そう確信した俺はゴール前まで一気に距離を詰めた。
向こうから新たな選手が向かってくる。
今度は相手もそれなりに走り込めるコンディションのようだ。
よし、見てろよ。
俺は全身の力をすっと抜いた。
そして、ギリギリまで相手を引きつけたうえで大胆なフェイントをかけ、奴の攻撃を切り抜けた。
観客席からも大歓声が湧き上がる。
そうだ、これだ。
これがスポーツだ。
俺たち選手は全力で良いプレーをする、観客はそのプレーに魅了され惜しみない声援を行う、その盛り上がりが関心を広く集め、競技人口を増やし、より多くの人間の魂を熱く揺さぶるのだ。
次はゴールキーパーとの1対1の対決を見せてやる。
手に汗握る、本物のスポーツならではの興奮を感じさせてやる。
そう決意した俺の胸に、場内アナウンスが響く。
ここで、競技内容の変更をご連絡いたします。
サッカーを終了しまして、続いての競技は相撲、相撲となります。
繰り返します。
今からの競技は相撲、相撲です。
こんなことがあるか。
せっかくスポーツの面白さをみんなに伝えようとしていたところなんだ。
こんなバカなことがあってたまるか。
しかしさっきまでゴールキーパーだった奴はもうユニフォームを脱ぎ始めている。
周りを見回すと、みんなさっさと邪魔なシューズを脱ぎ捨てて、下着一枚になりつつある。
もう四股を踏み始めているやつまでいる。
ちっ。
俺はまた舌打ちをすると、足元のボールを力いっぱいグラウンドの外に蹴り出して、これがスポーツなんだ、そうだ、これが本物のスポーツなんだとうわごとのようにつぶやきながら、先日の誕生日に妻と幼い娘からプレゼントしてもらった真っ赤な勝負パンツ一丁になるために服を脱ぎ始めた。
家族のためにも、俺は戦うしかない。
戦い続けるしかないんだ。
それがプロなんだ。
ふと空を見上げると、薄汚れた鳩が1羽、はたはたと翼を上下させながら、ゆっくりと飛び去っていくところだった。