妻の実家に泊まる際の、留意点について。






できるだけ、何もせぬことである。



気が利かないと言われようが、デクノボーと言われようが、余計なことは一切せず、料理を出されたらそれをうまそうに食べ、お酒をすすめられたらそれをうまそうに飲み、ニコニコとして座っていればよい。

何もせずにいて、食べるものを食べて、飲むものを飲んでいると、次第に眠くなってくるので、風呂をすすめられたらさっさと入って汗を流し、なるべく風呂の原状回復につとめつつ、そそくさと寝巻きを着て、寝てしまうのがよい。

またこの時、寝る前に軽く冷えたビールを一杯だけいただいて、涼を取るのはよろしい。

しかし、ここでつい、義父なり義兄なりから、君はあの科学者の事件についてはどう思うのかね、などと世間話を振られても、気の利いたコメントをしようなど絶対にせぬことだ。

一言ふたこと話そうとしただけが、ついはてなーの血が騒いでペラペラと持論を展開してしまい、だいたいですね、あの研究者なんてやつらは我々国民の血税を使ってですね、などと息巻いてしまって、しまったそういえば義弟も研究者だったなと気づいた時には隣で完全に気配を消して静かに酒を飲んでいる彼の目に暗い光がともっているわけである。

そこでこれはいかんいかんと僕はビールをぐいっと飲み干して、空になったグラスを台所まで持っていくフリをして逃げるように席を立つのであるが、これがまたいけない。

台所では義母がせっせと明日の食事の用意をしていたりするわけであって、どうもグラスを適当に流しに転がして退散するわけにもいかず、タワシでこすろうとしたのが間違いで、それあなた金属タワシじゃないの何してるのグラスに傷がつくじゃないのと叱られて、申し訳ないけどこの忙しい時に台所に入らないでくれるかしらとまで言われてお互いに嫌な気分になってしまうのである。

結局、つまらぬ機転を利かせようとするのがもっともよくない。

せっかくの休みなのだ。

ゆっくりすることが大事なのだ。

そこで気分転換にちょっと近所を散歩してみることにする。

幸い、夜には風も出てきて気持ちがいいし、普段は歩かない静かな街道をブラブラするのはなかなか良いものである。

妻の実家がある土地というのは不思議なもので、地元の人間でもなく完全な外部の人間でもない中途半端な関係性にあるからこそ、それなりの親近感とそれなりのよそよそしさをもってそれなりに気楽に立ち振る舞うことができる。

涼しい夜風に吹かれて、僕は鼻歌でも歌い出しそうな気軽さを取り戻し、夜の道を歩きながら色々とこれまでのことを振り返ったり、これからのことについて考えたりする。

そのうちに気分も良くなってきて、さてそろそろ帰ろうかと近くにあった自動販売機で缶コーヒーでも買って、そのひんやりとした冷たさを楽しみながら家まで戻ってきた時に限って。


門にはしっかりと錠がかかってしまっている。


さて子供たちも寝静まっているだろうこの時間、今から一体どうすれば皆に迷惑をかけずにスムーズに中に入れるのだろうかと、また余計なことに悩みながら飲む缶コーヒーのまあなんと苦いこと苦いこと。

だから気が利かないと言われようが、デクノボーと言われようが、余計なことは一切してはいけないのである。



ニコニコとしながら、バカみたいに何もせず、面白いことなどしゃべらず、食って、飲んで、寝ていればいいのである。