犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

最近よく知らないおじさんに、話しかけられる。




駅のホームのことが多い。



特に通勤時間帯ではない時や週末に、ベンチに座って電車を待ってたりすると、今日はお休みですか、と急に話しかけられる。

だいたいみなさん60代から70代前半くらいの男性で、お話をうかがうと、仕事を引退されて悠々自適な暮らしを送っておられるらしい。

どうもスーツを着ていない僕はヒマそうに見えるのだろう、いや今日は仕事ですと答えても、向こうはそれほどあわてず、どこにお住まいですか、ご結婚はしてますか、とか色々と聞いてこられるので、僕も世間話は好きなほうなので電車がやってくるまでお相手をさせていただく。

会話が盛り上がれば、電車に乗り込んでからも話を続けることがあるけど、大抵は電車が到着すると、向こうから、じゃあまた、と切り上げてさっさと先に車両に乗り込まれる。

こちらも決して余裕がある時ばかりではないのでちょっとホッとすることもあるけど、どうもうまく話を盛り上げられなかったのかなあとちょっとがっかりした気持ちになったりする。

ただ、そうやって話しかけてくる男性は、どうも「引き際」を決めていらっしゃるみたいで、とりあえず電車がやってくるまで持て余している時間でそのへんのヒマそうな若造としゃべって退屈しのぎができればまあよし、という低めのKPIを設定されているように感じる。

あるいは、その短い時間の中でうまく意気投合できればいいなと、ほんのわずかばかりの期待を持ってらっしゃったのかもしれないけど、たぶん何度かそのチャレンジを繰り返してきた結果、どうも難しいなということで現状があるのだろう。


ちぇっ、ヒマそうでいいよなあ。


と思うことは正直、ある。

だけどまあもし自分が仕事をしなくなって、毎日特にやることがなければ、おしゃべり好きの僕のことなので、同じように誰彼かまわず話しかけるようになるかもしれないとも思う。

で、そのうち学習するようになるだろう、若い女性に話しかけると気持ち悪がられることが多く、下手すると不審者と思われかねない、若い男性はみな忙しそうだったり、話が通じない、となると中年にさしかかりかけた、それも昼間からスーツも着ずにヒマそうに電車を待っている男はターゲットとしてはそれほど悪くないのだろう、もちろん消去法だけれども。

そういう人間の心の動きは、きわめて普通のものだと思う。

ただ、僕は彼らから、こういうセリフを聞くのだけは嫌いだ。

わたしらはもう死んでいくだけだからね。

僕はそう言われると、つい、そういう考えはどうかと思いますね、と言い返してしまう。

今の時代は、まだ生きている人間みんなでこれからのことをちゃんと考えていかないといけない時代だと思いますよ、自分はもう関係ない、なんていうのはダメです、お孫さんがいるんでしょう、だったらお孫さんが大人になって、みなさんが過ごしてきたような素敵な人生を同じように送れるようになるのにはどうしたらいいか、これからも一緒に考えていくべきだと思うのですけど、どうなんでしょうね、何かいいアイデアないですかね。



まあたぶん僕がそんな態度なので、ああ面倒なやつとしゃべってしまったと、電車がやって来た時に、別の車両に乗り込まれてしまうのだろうけど。