犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるアイデアについて考えています

第三の場所の、ヒント。









家庭でも職場でもない「第三の場所」について、その1つの可能性としてブログがあるんじゃないかという話の続き。

前回はこの第三の場所は現実で傷を負った人の「再生の場」であってほしいと書いた。

しかし、たしかにブログにおいて僕らが守られているのは実名でないidという半匿名で物を言えることぐらいだ。
それであっても全く知らない人から突然攻撃を受けたり、揚げ足を取られて炎上したり、おかげで何を書くにも色んな可能性を考えてビクビクしながら書かないといけなくなるなら、こんな野生の王国みたいな場所のどこがサードプレイスなのだ、むしろ職場よりももっと空気を読まざるを得ない大変な場所ではないか、というのもわかる。

そこで、こういった課題をどう解決するべきか、僕自身の現状をもとにいくつか方法を考えてみようと思う。


心地よい距離を探ってみる

1つは、自分はどれくらいブログと関わりを持つのか、そのちょうど良い頃合いを自分なりに見つけることじゃないかと思う。

情報革命というのは本当にすごいもので、いつでもどこでもインターネットを通して他人の思考や活動と接触し続けることができる。
だからこそ、僕は、人生の時間の中のどれくらいを、自分の第三の場の時間として使いたいのかを、ある程度決めている。
また、ブログと連動させているTwitterも楽しんでいるけど、これもタイムラインを眺めているだけで一日が終わってしまいそうになるので、隙間時間に覗くだけにしている。
それから、自分のエントリに対する反応や関連のあるコメントについても、その時間内に観測できる範囲しか見ないし、もう一度じっくり読んでおきたい内容はブックマークしているので問題ない。

これは、今の僕に自由に使える時間が少ないからこそ可能なことなのかもしれないし、そもそも何かに「夢中になっている」時に自分に制限をかけるのはなかなか難しいことだとも思う。
しかし、僕はなるべく長くブログを続けていきたいので、できるだけ自分が心地よくいられる距離感を今でも探り続けている。


ひみつ基地を作ってみる

ブログは世界中に向かって自分の考えを発信することができる。
だからこそ多くの人々から反応があって、それが楽しいのだけど、やっぱり不特定多数の人には言えないことがたくさんある。

そんな時は、今のブログとは別に、公開制限ができる「ひみつ基地」を作るのもいいと思う。

あまりブログとは関係ないけど、僕は友人に誘われて非公開のグループウェアを使っている。
これはこれで屋根裏部屋でこそこそ内緒話している感じが楽しい。
内緒話の中身には仕事の愚痴とかも含まれるけど、だいたいは「作戦会議」をしている。
作戦といっても、別に誰かをはめてやろうとか策を弄しているのではなく、それぞれの現実に対してどんな取り組みをしていきたいのか、どうやったらもっと楽しくなるのかについてアイデアを勝手気ままに書きあって、お互いに適当に反応はするけど、まあまあ平行線のまま日々は進んでいく感じ。

ブロガー同士でもそういう「ひみつ基地」があれば面白いんじゃないかなと思うし、例えばはてなブログなら、新たに公開制限をかけたブログを開設してしまえば、あっというまに基地の完成である。


現実への、やさしい反撃を

僕が第三の場所に求めるのは「再生」だけではない。

僕の最終的な目的はサードプレイスで蓄えた力をもって、自分の現実に対して「やさしい反撃」を食らわせることだ。

第1の場所や第2の場所は、なかなか簡単に構造を変化させようとはしない。
それは当然のことで、人類がこれまでの知恵と勇気をふりしぼって確立させてきた、現時点で最も安定している「合意の場所」だからだ。
僕は別にそれをぶっ壊したいと思っているわけではなく、もう少しだけ自分のとっても、他人にとっても、もっと生きるのが楽しくなる状況になることを願っているだけである。

ブログを書いたり、読んだりすることが楽しいのは、お互いの物語を見せあうことで、これまでの現実とは少し違ったものの見方が見えてくることだ。
それによって、これまで自分が常識と思っていたことや、大嫌いだと思っていた考え方などがゆるやかに崩壊していったり、自分の中に新たな物語が生まれはじめたりしていく。

この変化を、自分が向き合っている厳しくてつまらない(だけじゃないけれども)現実に対して、どう作用させていけば、もっと楽しい毎日がやってくるのか。

これを考えて実践するためのプロセスとしての「第三の場所」。

そういう認識を持ってブログに臨めば、また違う景色が見えるんじゃないだろうか。

さて、そう考えると、ブロガー同士は、各自の現実にやさしい反撃を食らわせるという共通の目的を持っていると思うのだが、僕はチームとか同志とかいう言葉は個人的にたまらなく苦手なので、そこには触れないでおく。