感想グループの、感想の感想なのだ。






今後の感想をブログで書いてもらえると喜ぶグループのゆくえについて、色んなブログから感想をいただいた。

貴重な時間と労力をかけて書かれた、面白い感想と厳しい感想をじっくりと読んで、大変勉強になった。

非常に乱暴になってしまい申し訳ないけれど、今後のテーマになりそうだと感じた部分だけを、未来志向でピックアップさせていただく。



本来の「言及しあう面白さ」へ戻っては


このグループは、私が知る限りではキョロ充発想のグループです。感想をもらいたいけど、言及には躊躇してしまう……。そうした人のための意思表示サインです。リアクションブロガー*4に警戒心を抱く人もいる。誰だって言及トラブルは起こしたくない。だからこそ、わかり易い目印が必要だった。

しかし前述の通り、皆が受け身の姿勢です。「グループに入ってもPV増えない」と言うのも当然……。皆が待ちの姿勢だから。結局は自分から一歩踏み出さないと何も始まりません。

ブクマ・読者数を増やした手の内を明かしてやろうぞ-後編 - 夜の庭から


問題になっているのは、はてブの話だと考えているので、じゃあ本来の姿に戻そうという提案です。「他人のブログ生活を脅かすようでは本末転倒」ってのは全員にとって言えることです。馴れ合いが悪いと言われれば潰しますが、「馴れ合いがぼくらの公共圏に影響を与えたから悪い」っていうロジックに関しては受け入れて「感想をブログで書かれれると喜ぶグループ」の本分として活動しようと思うのです。

『感想をブコメで書いてもらえると喜ぶグループ』じゃないわけだし、感想をブログで交換したいのです - 情報学の情緒的な私試論β


「なれあい」ではないやりとりとは何だろう


とりあえず、俺は「批判されても、刺されても別にいいよ」って気持ちがあったので、グループに入った。
せっかく書いているんだからリアクションは欲しいし、グループに入ってればもらいやすいかなーっと思っただけ。
感想だろうが、disだろうが。

他の参加者はどうだろう。

言及されたのでとりあえず感想を書いておこう - ロックンロールと野球とラーメン


私は「ブログは自己顕示欲の表れ」だと思っている。
リアルで主義主張を熱弁すればドン引きされるが、ブログならそれも許される(と思ってるんですが、ダメですか?)。
ただし、「自分を主張する」ことは「相手を否定する」こととイコールではない。
その意見に対して自分はどう思うか、それが賛成であろうが反対であろうが構わないが、
その意見の存在自体を否定するのはいけないと思う。
法や倫理規範に触れるから「悪」なのであって、物事それ自体には善悪はないはずだ。
だから「あなたのいうことは間違っている」的な書き方ではなく、
「そういう意見もあるけど、私はこう考える」というのを意思表示すればいい。
コメントや言及も一緒で、「あなたの言っていることはおかしい!」じゃなく、「私はこう思う」にする。
否定して欲しい人なんていないはずだ(ただし釣りは除く)。

身内ブクマとコメントと言及と - がちゃまにあ日報


ぼくは、現実ってのは自分の考えの斜め上を行く事が多いと思っています。こういうものだろ、と考えるとだいたいそれとは違う結果やそれ以外のものの見方みたいなものが見えてくるような気がします。異なる認識を引き受けることができるのか、できないのかというので世界の見方というのはまったく変わってしまうのかもしれません(こうやって文章を書いていて、違う認識を引き受けているような文章の書き方をしていない気がしますけど)。

 だからこそ、記事を書く前(書いているとき)にどのことばに触れ、考えの向きが変わったのかが記事に残してあると、そういう読みをしてもらえなくても、思考のつながりみたいなものがそこに残ってくれたらいいな、と考えたりもするけど、なかなかうまくできないなぁ。

 そうやって困っているときに軽い気持ちで引用したりできるから感想グループはいいな、と思ってます。運が良ければフィードバックも帰ってくる。たぶんそれがぼくの理解しているグループに対するイメージです。

感想グループの感想のはずが……いろいろ考えてみた - 運動する。書く。呼吸する。


多分、あのグループに入っているひとたちは、同調しないタイプの人が断然多いだろうし、何百人になってもそれぞれが一人で、影響力なんて持てない/持つ気もサラサラないのではないかと楽観的に捕えています。

感想と言えるかどうかわかりませんが、 - ドキドキしちゃう


機能やシステムが足りないのでは


結局、人気ブロガー(?)、最近、有名になったブロガー、トップエントリに入るブロガーさんが、多く存在しているので、冒頭の記事のようなモノが生まれるのかな、と思いました。あと、「こいつには絡んでおいたら美味しい」というのもあるのかも知れない。

というか、特定ユーザーをチヤホヤするグループという認識はもっていたのですが、昨晩、ふとグループに投稿されているエントリを眺めて、冒頭のエントリはスルーしていた訳ですが…。結局、注目を集めてないぽいエントリの方が確実に多いことに気付く。

(中略)

私は、氏が作られたグループの成り立ちは詳しくは知らないですが、ブクマじゃあなくて、IDコールでやりとりすることが、そもそもの始まりであったとするなら、機能が理念を押し流したような気がします。

身内ブクマ肯定派の私と読まない私。 - 団劇スデメキルヤ伝外超


では何が必要なのか。

 それはシステムだ。システムで人を導き、人を変えてゆく。それがネットのあるべき姿だと思っている。

 「与える側」に立とうとする人だっている。そういう人が与えようと思ったら簡単に与えられるようにするシステムがあれば、流れは変わるのだ。

 もっと具体的に言えば、グループ内の注目を一点に集中させるシステムだ。グループ内ホットエントリでも何でもいいが、とにかくグループで少し注目された記事にさらなる注目を集める機能だ。

 「与える側」に立とうとする人にとっては、そうして言及したら面白そうなネタがわかりやすく提示されるとかなり与えやくなる。


 それはまぁ結局のところ、はてブのホットエントリで起こる言及の連鎖と同じことであり、その構造をグループ内に作るということである。それによって前述したように、大きなまとまりをいろんなジャンルごとに発生させることが出来て面白くなるんじゃね?ということだ。

はてなブロググループはどこへゆくのか - 誰も知らない世界がある。


っていうかブログ書くの楽しいね


何せ今こうして書き散らしている僕は今の僕で、それを読んでいる貴方は恐らくよっぽどのことがない限り今の貴方なのでしょう。貴方がこれを読んでいる今、私は寝ているかもしれないしブログと関係ないことをしているかもしれないし、それでも今・書いている私と今・読んでいる貴方が出会ったことは必然で、もしこれを読んだ貴方が何らかのリアクションを示したとするならば今・書いている僕とは一切関係のない気まぐれな僕こそが貴方にお礼を返しにいくのでしょう。その時差とリアルタイム感と、どちらもが楽しくてブログはいいよねぇと思うわけなんですけど、広げるレトリックはまだまだ残っていたはずなんですけど結構忘れてきました。

20131109 - ←ズイショ→


ただ自分のことを書くだけでなく他の人たちの世界を垣間見ることができるのが、ブログの面白いところだ。これは自分一人でもくもくと日記をつけていては決して得られない刺激である。たまにコメントなどで(最近はTwitterでも)やり取りがあるのも楽しい。それが馴れ合いのようになるのは嫌だが、同じブログで書くもの同士ゆるーくやり取りしてつながるくらいなら、自分は文章を書く上でいい緊張感を保てる。あくまでブログは「個人の宇宙」である。あまりに関わりが深くなり集団に固有の雰囲気が生まれれると、僕の友人のようにかえってやりにくさを感じるだろう。僕にとって「どこで」書くかというのはあまり重要ではないからだ。付かず離れずで「個人の宇宙」がゆるやかにつながる、そんな場所でなら、僕はこれからも楽しく文章を書けると思う。

「個人の宇宙」がゆるやかにつながる - ゆーすとの日記



今回のやりとりを通して、感想グループの進むべき方向がぼんやりと見えてきたと思うのは僕だけだろうか。

たしかにブログというのは、あくまで個人的なツールであって、ブロガーというものは孤独なものだという意見もよく聞く。

たぶん、基本的にはそうなんだろうと僕も思うし、「自分の頭で考える」ことが文章を書くことなんだとも思う。

だけど、こんなゆるいやりとりの中で、お互いにそれぞれが考えるためのヒントを与えあうことができれば、もっとブログ生活は楽しくなると期待している。

とりあえずは、グループ名称をちょっと改訂するところから始めたいと思う。

「この感想はブログで書いてもらってかまいません」 みたいなのはどうかなと思ってる。

あと、

「プロレスをブログでしよう」グループとか、「質問にブログで答えるよ」グループみたいな、色んなやりとりを楽しむグループを新たに作るのも面白いかなとも思う。

誰か作成しませんか。うふふ。



それからもう1つ、大切なことを言っておく。








そろそろ普通のエントリ書きたい。