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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

オオカミを撃つ男と、永遠の孤独。

 
 
 
 
 
とんでもなくお金を持っている男を知っている。
 
 
非常に安定した家業を受け継いでいるので、努力しなくても、勝手に定期的な収入が得られるし、そもそも収入など必要のないくらいの資産がある。
 
そこで当然のごとく、その潤沢な資金を使って、世界中の思いつく限りのあらゆる遊びをしてきた。
 
そんな彼がいま夢中なのは、モンゴルにオオカミを撃ちに行くことなんだそうだ。
 
 
しかし、彼には悩みがある。
 
モンゴルでオオカミ撃ちを楽しむためには、ある大切な条件が不可欠なのだ。
 
それを一緒に楽しめる人がいること。
 
そんなの、お金があればなんとでもなるんじゃないかと思われるかもしれないが、これがなかなか難しい。
 
なぜなら、彼と一緒にオオカミ撃ちを楽しむためには、彼と同じように世界中の遊びを楽しみ尽くし、それらに飽き飽きしていなければならない。
 
色々と試してみたけど、今はやっぱりこれが一番だよなと、お互いに共感しあえる相手でなければならない。
 
そして、他に心配事など何もなくて、ただただ純粋に、オオカミを撃つという遊びに夢中になれる時間を分かち合えなければならない。
 
さすがの彼でも、そのようなパートナーを見つけることはなかなか困難なのだ。
 
また彼自身はすごく紳士的で魅力的な人物だが、その誇り高さが人を遠ざけてしまうのも事実だ。
 
 
 
 
すごく孤独な人だな、と僕は思う。
 
その姿は、荒野をさまようオオカミそのものだ。
 
オオカミとしての人生と、社畜として面倒なしがらみやくだらない飲み会やつまらないゴルフに付き合いながら送る人生と、どちらが楽しいのかと聞かれると、なんだかよくわからなくなってしまう。
 
これはもう価値観の話であり、何が正しいかなんて答えはない。
 
ただ、僕自身は、孤独を恐れている。
 
どれだけ金持ちになろうと、社会的に成功しようと、その結果として、心を開いてどうでもいいことを打ち明けあえる人が誰もいなくなるのであれば、その権利は勇気をふりしぼって放棄したい。
 
まあ、人間はどうせ死ぬ時はひとりぼっちである。
 
それでも、僕はこの孤独な宇宙に生まれてきて、同じように孤独な命を生きる人たちと触れ合うことができて、対立したり、憎しみあったり、愛しあったり、ブログの感想を書きあったりして、それなりに騒がしい人生を送ってきたもんだなと、にんまり笑いながら死にたいのである。