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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

クリエイターへの無報酬について。



「クリエイターに無報酬の仕事を奨励する」ような話が
はてブの中で、今年に入って少なくとも2件は話題になっていた。

「デザイナー募集、無報酬」で批判殺到の天王寺区、謝罪文を掲載 - ねとらぼ
クリエイターは無報酬で協力? 金銭的にクールジャパンな秋元康さんの発言にネット冷ややか - ねとらぼ

それぞれ事情が異なるし、色んな経緯があるのだろうから、個々の話に言及するつもりはない。

これは僕にとっても他人事ではないことだが、
それを「おかしい」という論調のコメントが多いことに、ちょっと安心したので
少し冷えた頭で、クリエイターのこれからについて、考えてみる。


まず、残念ながら、今後もこの手の話題は続くと思うし
まっとうな報酬を得られるクリエイターの数はどんどん減っていくだろう。

誰もが簡単に表現者になり得る時代はずいぶん前に到来しているし
一人一人の表現スキルが格段に向上しているのも間違いないし
それを拡散できるメディアもみんなが手軽に使える。


もう少し、表現者の現場から、リアルな話をすれば
広告制作の仕事は「他でも代わりがきくもの」になってしまっている。

ああTVCMって、こうやって作るんでしょとか
ポスターデザインなんか、私だってやってことありますよとか
オレ、あのタレントと友達だから協力してくれるはずとか
まあそんな感じで、誰もが表現者の顔をしたがる。

そんなわけで、もはや多くの広告制作者にとって必要とされるスキルはたった1つ。

それは微妙なレイアウトを決めることのできる美的感覚でもなく
アイデアによってクライアントのビジネス課題を解決できる突破力でもなく
多くのスタッフに機嫌よく仕事してもらうプロデュース能力ですらない。

色んな面倒なことに付き合い続ける、忍耐力だけである。



誤解を恐れずに言うならば、たぶん仕事というのは3種類しかない。

自分たちしか持っていない能力を遺憾なく発揮する仕事か
誰もが嫌がることを黙々とこなして耐え抜く仕事。
そして、その中間の仕事。


今、「無報酬問題」が話題になっている理由はたぶん、
「クリエイターという仕事が、特殊な能力を持っている人にしかできない特別な仕事」
だと未だに思い込んでいる人々の意識が、
実際の状況とあまりにも違いすぎているからだろう。


さて、では忍耐力だけでメシを食いたくない
クリエイターなり制作者なり表現者は、今後、どうすればいいのか?

答えは簡単である。


人から理解されない存在になることだ。


あの人はこんなことをする人で、こんな技術を使うが、
そのポイントはこうだから、自分だって簡単にできる仕事だ、
というような理解をされない仕事をすればいい。

そして、その結果として、その人は
もはやクリエイターと呼ばれなくなるかもしれない。

だけど、いつだって、新しい領域を切り開いてきた人々は
自分の呼称なんて気にしているヒマはなかったはずだ。


そもそも、である。

誰も知らない新たな世界を、誰よりも先に体験できる喜び。
それこそが、クリエイターと呼ばれる人々の最大の特権だったのではないだろうか。