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犬だって言いたいことがあるのだ。

ものごとをひとつ先に進めるヒントについて考えています

ウソをつくことは、ダメなことなのか。

 

 

 

 

 

昔、グリーンマイルという

ものすごく疲れる映画を

女の子と一緒に観た。

 

観終わってから、その子はため息をつきながら言った。

 

 

私はね、ウソの話を、さも本当にあった

すばらしい話であったかのように

表現するのが大嫌いなのよ。

 

 

まあ、大作と言われて

それなりの評価をされている映画だし

映画そのものを中傷するつもりはないから

勘弁してもらいたいのだが

僕はその言葉を今でもずっと覚えている。

 

そして、そういう表現を自分がしている時が

決してないとは言い切れない。

 

 

別に、ウソの話をみんなで面白がって

楽しんでいるうちは良いのだ。

 

だけど、表現というのは恐ろしい面があって

ちょっとだけ向き合いを変えるだけで

急にウソや「ほとんど本当ではないこと」が

さも効果があったり、意味があったりするように

伝わってしまうことがあるのだ。

 

そして、それがクライアントに

すごく喜ばれてしまったりすると

表現者はどんどん地獄に堕ちていくのである。

 

 

僕は、別にウソをつくのがダメだとは思っていない。

 

でも、その場合はルールが2つあって

①ウソだと明らかにみんながわかるウソをつく

②誰もウソだとは絶対にわからないウソをつく

ということを守ればいいと思っている。

 

怒られるかもしれないが、歴史小説とか大河ドラマ

②に当てはまるんじゃないだろうか。

 

要は史料以上に確かな証拠はないわけで

あとは作者の想像力でどんどん埋めていくしかない。

だけど、読者は、まあそんなものなのかな

と思って読んでしまうのである。

これはとってもよくできたウソなのではないだろうか。

 

 

ということは

グリーンマイル」の監督は

とある1人の観客に対して

完璧なウソをつくことに失敗したのだろうし

それは僕の場合にもあてはまる。

(一緒にするのは申し訳ないけど)

 

結局、完全なウソをつける自信がないのに

小手先で適当にそれらしく表現しようとするのが

一番ダメなことなのだろう。

 

 

もっとウソがうまくなるように、努力しなくちゃ。