僕の息子はおしゃべりが大好きで
保育園に向かう道をずっと
ペラペラしゃべりながら歩いている。
おまけに結構、理屈っぽくなってきて
ちょっとバカにしたりすると
「バカっていったほうがバカや!」
と非難してくる。
どうせ先生か誰かの受け売りだろうし
単純な論理ではあるが
なるほど、たしかにそうだなあと
すぐに妙に納得してしまうので
父親の威厳なんてとっくの前に失われてしまった。
★
最近、すごい女性に出会った。
クライアントの担当者なのだが
「あのお、私ぃ、この世の中にぃ、悪い人なんていないと
思って生きているんですうう」
というのが口癖なのである。
しかし、そう言った舌の根も乾かないうちに
「ところでぇ、今度のお仕事なんですけどぉ」
と、彼女は条件を提示してきた。
それはだいたいこんな感じ。
・今度の仕事は競合(しかも10社くらい)にかけることにする。
・プレゼン費は払えないが、勝ったところには破格の金額を払う
・さらにちゃんと成果が出れば、さらなる報酬も払うつもりがある
(しかしその「成果」の基準はあいまいで、期限もない)
「これならぁ、みなさんも頑張れると思うんですぅ」
僕はこの話を聞いたとき
この人は頭がおかしいんじゃないかと思った。
目先に高額の報酬をちらつかせ
しかもそこにゲーム性を持たせることで
各社、目の色を変えて奮闘すると思ったのか。
バカにするのもいい加減にしろ、と思った。
この人には、実際にそう言われた側の人間が
どう感じるかを考える、想像力が欠如していると思った。
★
このことを僕は憤慨しながら
例のトラブルメーカー先輩に話した。
「ね、どう思います!?
彼女には相手の気持ちを考える想像力が欠如してるんです。
お金のためだけに働くなら、僕はこんな仕事してないです!」
するとトラブル先輩は意外にも
残念そうにため息をついた。
「いやあ、残念だなあ。お前は致命的なミスを犯してる」
どういうことですか、とムッとしながら聞くと
トラブル先輩はこう言った。
「すごくフェアな話じゃないか。
みんなに同じ条件を提示して
全員が平等に頑張れるようにしてるんだろ」
僕はまたムッとして反論した。
「なんで?そんなことで僕のモチベーションは上がりません」
「そこだよ。そこがお前の大きなミステイクだ。
彼女は、自分が考えうる中で一番フェアな方法を提示したんだよ。
彼女にとっては、自分がそういう条件を出されたら
頑張れるだろうなと思う内容なんだよ」
「う~ん、だけどそれは自分の価値観の中だけであって
もっと色んな価値や意義を仕事に見出している人間も
いるということを理解してないんだと思います」
すると、ミスター・トラブルはウインクしてみせた。
「ほら、それだ。お前も彼女と同じ。
お金という報酬だけを価値と感じる人間も
いるっていうことを認めようとしてないじゃないか。
お前にもそういう想像力が欠けてるんだよ」
バカっていったほうが、バカ。
やっぱり、よくできた言葉だ。