ものすごくダメな人を知っている。
激しい意見の応酬があって、会議が紛糾している時に
その人は中腰になって、ソワソワ、ソワソワと
何か様子をうかがっている。
時々、何かを数えるような仕草をしながら
ブツブツと独り言をいっている。
そのうち誰かが気がついて
「なんだ、何か意見があるのか?」と聞くと
その人は言うのだ。
「あ・・・コーヒーのお砂糖が切れてしまいまして
買ってこようかどうか迷っているのですが
お砂糖をお使いになる方はいらっしゃいますか?」
バカヤロウ!今、そんなことどうでもいいだろが!
と上司がキレて怒鳴りつける。
するとその人は
「すすすすすすみません、では僕はお砂糖入れる派ですので
今から買ってきます」
と意味のわからない返し。
また上司が怒り狂うのを見ながら
みんな呆れたり、クスクス笑ったりしている。
その前は、山のふもとで撮影をしていた時。
放牧されている牛がカメラに入ってきちゃうので
演出家が「おい!あの牛、どけろ!」と怒鳴った。
すると、その人はおそるおそる牛に近づいていくと
「あの~すすすみません~今ちょっと撮影中ですので
よければ少し下がっていただきたいのですが~」と
手を合わせて頼みこみはじめた。
演出家が激怒のあまり頭を抱え出すのを見ながら
みんなクスクス笑っていた。
★
今日も僕はその人のことをさんざんバカにして話していた。
すると、先輩が言った。
「あれはね、制作の現場ではけっこう貴重な存在なんだよ」
そうですかね?チョンボばっかりしてますけど?と言い返すと
「制作の現場って、色んなトラブルが起こるだろ?
そういう時に、ああいう奴が1人いると、そいつが怒鳴りつけられる」
「そりゃ、ミスが多いからでしょ」
「それもあるけど、どれだけ気を配っていても、ミスってのは起こるんだ。
で、現場がみんな出来る奴ばかりだと、そのミスを他人に押しつけ合う。
そして空気がどんどんギスギスしていく。
で、ケンカになったり、大事故につながったりするんだよ」
「う~ん、それはそうかもしれませんね」
「そんなわけで、ああいう怒られても平気でいられる
バカっぽい人物が1人いると、全部そいつのせいにできるし
ガス抜きにもなる。しかも、いつもヘマばっかりしてるのに
なぜか憎めない。そういう人間はものすごく貴重なんだよ、
特に現場においてはね」
★
普通に聞くと、いじめとか人権的な問題に関わってきそうな
話にも聞こえるが、これはどんなことにも言えるかもしれない。
特に今の時代、みんな、自分だけは生き延びようと
必死で努力をしている。
一瞬のミスも許されない空気。
ものすごいストレスだ。
だからバカなことをしている人を見て
ちょっと呆れたり、笑ったりしながら
いつのまにか、ああいうことも「アリ」かもな~
という空気を作ることって大切なのかもしれない。
かしこい人だけじゃ、渡れない川もあるのだ。
そして、僕の仕事というのは
自分が率先してバカになることなのかもしれない。
頭の良さそうな面を下げて
人に責任を押し付けるような
本当のバカになる前に。