バカの使いよう。

 

 

ものすごくダメな人を知っている。

 

激しい意見の応酬があって、会議が紛糾している時に

その人は中腰になって、ソワソワ、ソワソワと

何か様子をうかがっている。

時々、何かを数えるような仕草をしながら

ブツブツと独り言をいっている。

 

そのうち誰かが気がついて

「なんだ、何か意見があるのか?」と聞くと

その人は言うのだ。

 

「あ・・・コーヒーのお砂糖が切れてしまいまして

買ってこようかどうか迷っているのですが

お砂糖をお使いになる方はいらっしゃいますか?」

 

バカヤロウ!今、そんなことどうでもいいだろが!

と上司がキレて怒鳴りつける。

するとその人は

「すすすすすすみません、では僕はお砂糖入れる派ですので

今から買ってきます」

と意味のわからない返し。

また上司が怒り狂うのを見ながら

みんな呆れたり、クスクス笑ったりしている。

 

その前は、山のふもとで撮影をしていた時。

放牧されている牛がカメラに入ってきちゃうので

演出家が「おい!あの牛、どけろ!」と怒鳴った。

すると、その人はおそるおそる牛に近づいていくと

「あの~すすすみません~今ちょっと撮影中ですので

よければ少し下がっていただきたいのですが~」と

手を合わせて頼みこみはじめた。

演出家が激怒のあまり頭を抱え出すのを見ながら

みんなクスクス笑っていた。

 

 

今日も僕はその人のことをさんざんバカにして話していた。

 

すると、先輩が言った。

 

「あれはね、制作の現場ではけっこう貴重な存在なんだよ」

 

そうですかね?チョンボばっかりしてますけど?と言い返すと

 

「制作の現場って、色んなトラブルが起こるだろ?

そういう時に、ああいう奴が1人いると、そいつが怒鳴りつけられる」

 

「そりゃ、ミスが多いからでしょ」

 

「それもあるけど、どれだけ気を配っていても、ミスってのは起こるんだ。

で、現場がみんな出来る奴ばかりだと、そのミスを他人に押しつけ合う。

そして空気がどんどんギスギスしていく。

で、ケンカになったり、大事故につながったりするんだよ」

 

「う~ん、それはそうかもしれませんね」

 

「そんなわけで、ああいう怒られても平気でいられる

バカっぽい人物が1人いると、全部そいつのせいにできるし

ガス抜きにもなる。しかも、いつもヘマばっかりしてるのに

なぜか憎めない。そういう人間はものすごく貴重なんだよ、

特に現場においてはね」

 

 

普通に聞くと、いじめとか人権的な問題に関わってきそうな

話にも聞こえるが、これはどんなことにも言えるかもしれない。

 

特に今の時代、みんな、自分だけは生き延びようと

必死で努力をしている。

一瞬のミスも許されない空気。

ものすごいストレスだ。

 

だからバカなことをしている人を見て

ちょっと呆れたり、笑ったりしながら

いつのまにか、ああいうことも「アリ」かもな~

という空気を作ることって大切なのかもしれない。

 

かしこい人だけじゃ、渡れない川もあるのだ。

 

そして、僕の仕事というのは

自分が率先してバカになることなのかもしれない。

 

頭の良さそうな面を下げて

人に責任を押し付けるような

本当のバカになる前に。